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Author:中川やす代
株式会社童代表の中川やす代です。



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揺れ動く心に愛がある
芳村思風先生の
一語一会 
vol.699
☆☆☆☆☆☆
揺れ動く心に愛がある
☆☆☆☆☆
愛とは、「どうしたらいいのだろう」と、より良い方法を探しながら、悩む心、考える心。その揺れ動く心に愛がある。
愛は、結論ではなく、心遣い。
「どうしたらよいのだろう」と問うのが感性であり、問い続けることが愛なのです。
「こうしたらいい!」と答えるのは、理性。
答えを持つことは大切。
でもその答えに縛られないこと。縛られると対立する。
理性に縛られると違いを受け入れられない。成長も止まる。
どんなに愛し合っていても、自分がこうしてもらいたいと思うようには、相手は愛してくれません。
どうしても埋めきれない溝があり、どうしても完全には満たされないのです。
誰もが、自分が思うようには愛してくれないし、認めてくれない。
人間は常に、もっと愛されたい、もっと認めてもらいたいという心を持ち続けながら生きているのです。
「こんなに愛しているのに、どうしてわかってくれないの」は、押し付けの愛。自己中心的な愛です。
「こうしたら喜んでもらえる」と思った瞬間、押し付けになる。
受け入れられなかった時「こんなにしているのに…」となってしまう。どうしたら相手に喜んでもらえるか、努力している姿にこそ愛があるのです。
人間を愛するということは、短所を含めて、不完全な存在を愛することです。
愛は、結論ではありません。
理性に縛られず、理性を手段能力として、「問い」続け、努力し続けること。
相手のことを思い続ける心に「愛」があるのです。
やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・
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理性と感性のバランスじゃない
芳村思風先生の
一語一会 
vol.695
☆☆☆☆☆☆☆
完璧をめざすな
☆☆☆☆☆☆☆
完璧をめざすな。不完全を楽しみ、成長し続ける。
生きているということは、変化していること。
人間は、不完全だから、完成や完璧をめざさなくてもいいのです。変化し続けること、成長し続けることが大切なのです。
変化し続けるためには、感性で問い続けること。
感性は問う力。理性は答えを出す力。感性で問い、理性を使って答えを探す。答えを持つことは大切。
もっと大切なのは、「これでいいのか」と問い続けること。
出てきた答えに縛られないこと。
常識に縛られないこと。
理性に縛られないこと。
縛られると、違う考え方の人と対立する。違う考え方の人を説得しようとする。
どんな考え方・意見も否定はしない。相手の考え方・意見のいいところ、自分の考え方にないところを取り入れて、自分の考え方・意見を成長させる。
完璧なものは何もない。
真理も、ひとつではない。答も理念も固定させる必要はない。
時代の流れ、自分や会社の成長に合わせて変えていかなければならない。百科事典も30年たてば3割は書き換えられる。5割は修正される。どんどんそのスピードは早くなってきている。
激変の時代。
時の流れはオレが作るという気持ちを持つ。
感性で、異和感を感じるということは、そこに時代を進めるための自分の使命があるということ。
感性が良くて、理性が悪いのではない。感性と理性のバランスではない。感性と理性の協力関係を作ることが大切なのです。感性で問い続け、理性を使って答を出す。出てきた答に感性で、「これでいいのか」と問い続けること。
生きるということは、成長し続けること。
生き残るのではない。自分自身が成長するためには、どうしたらいいか。この会社をよりよくするためには、どうしたらいいか。この社会をよりよくするためには、どうしたらいいか。未来を予測するのではなく、未来を作り出すという気持ちで、問い続ける。
やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・

降りかかる苦難の中に使命あり
芳村思風先生の一語一会 
vol.694
神戸の震災のとき、瓦礫の中でもう終わりかもしれないと思いました。瓦礫の中でみんなが助け合う日本人のすばらしさ
多くの人の心の中に、大きな傷跡を残しながらも、神戸はよみがえった。寒さと悲しみと絶望感の中で、それでも生き残れた喜びを一日でも早く味わえるようになることを願います。
☆☆☆☆☆☆☆
降りかかる苦難の中に使命あり
☆☆☆☆☆☆☆
使命は、出会いや出来事の中にある。命の痛みを伴うような出来事・経験は、そこに自分のやるべきこと、使命があるということを教えてくれています。
自分に起こることは、すべて自分が成長するために、必要なことなのです。乗り越えられない問題はない。今ここを真剣に生きることで、未来だけでなく、過去も変わってしまう。「あんなことがあったから、こんな風になってしまった」ではなく、「あんなことがあったからこそ、今こうなれた」と思える日が必ず来る。後になって、苦しかったことが、人生の転機になったと気づくことができるのです。
どん底の時でしか気がつかないことや出会えない人や見ることができないことがある。
失敗したおかげで何が大切なのかを知ることができる。苦しんだからこそ養われる精神力がある。本物の実力ができる。
今を真剣に生きれば、過去も未来も変えられるのです。体験は、肉体を通して学んだ事実であり、経験は体験から学んだ知恵になる。
自分が人生で経験した困難・苦難の体験こそ、その人にしかできない使命を教えてくれる現象です。
それをトラウマとして捉えている限り、自分の人生の目的はわからないのです。
「使命とは、この命の使いどころ」「使命とは、この命何のために使うか」「成功するためには、苦労しなければいけない」と思っていると本当に苦労や問題がやってくる。自分が思っている通りになる。そこに自分の天分素質があるなら、時間も忘れ、食事も忘れるほど、打ち込める。そんな時は、どんな出来事も苦労や問題とも思わない。一所懸命にやっているけど、必死にやっているか。必死になったとき、道は開ける。。今を必死に生きることで、過去も、未来も変わってくる。大切なことは、『今、ここ』。今ここを精一杯生きること。
人間は、顔がみんな違う。人間一人ひとりに必ず氏名があるように、使命がある。
問題や悩みは、自ら求めるものではなく、母なる宇宙の計らいによって与えられたもの。乗り越えられない問題はないやさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・

「問い」続ける
芳村思風先生の一語一会 
vol.693
☆☆☆☆☆☆☆
「問い」続ける
☆☆☆☆☆☆☆
「問い」があるから「答え」が出てくる。
大切なのは「問い」続けること。
答えを持つことは大切なことです。答えがなければ前に進めません。
答えに縛られ、問いがないとき、成長は止まります。大切なことは、「問う力」「問い続ける力」です。
「感性」が問い、「理性」で答える。
答えに縛られると、違う答えを排除しようとする。対立が生まれる。説得しようとする。問いや問題は、与えられるものではありません。自らが感じ取るものです。
感性が問題を感じなければ、理性は働きません。
常に答えを持ちながら、「これでいいのか?」と問い続けることが大切なのです。
「人生の3つの問い」を問い続けること。
「いかに在(あ)るべきか」
「いかに為(な)すべきか」
「いかに成(な)るべきか」
人間として、男(女)として、父親(母親)として、経営者として・・・と言葉を置き換えて自分自身に問い続けること。
一度答えを持つとなかなかそこから抜けられない。自分の考え方・答えが一番だと思ってしまう。自分に自信があればあるほど抜けられない。人の意見のいい所がわかっていても受け入れられないもことある。
自分の芯・自分の考えをしっかりと持つことは大切。しかしそれも完璧ではないことを自覚する。自分の芯・信念をしっかり持ったうえで、他人の考え・意見のいいところを取り込みながら、自分の考えを固定せずに、進化発展させていく。
「感性論哲学も完璧ではありません。まだまだ進化発展の途中です。」(芳村思風)

メルマガを再開します
芳村思風先生の一語一会 
vol.692
おはようございます。
この度の震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りし、被害にあわれた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
携帯メルマガの「芳村思風先生の一語一会」は、
震災直後の電話の状況及び電波の状況から、配信を自粛すべきであろうと判断し、しばらくの間、お休みさせていただいていました。休止の連絡も上記の理由から配信していませんでした。
ご心配をいただき、お電話やメールをいただき、ありがとうございました。少しでも笑顔と元気を届けるために、明日から再開させていただきます。
☆☆☆☆☆☆
どんな声をかけますか。
☆☆☆☆☆☆
言ってはいけない言葉があるそうです。神戸の震災のとき聞きました。1.がんばれ!
2.元気を出せ!3.くよくよするな!どれもついつい使ってしまいそうな言葉です。
どう頑張っていいかわからない。
受けたショックが大きすぎて
「元気を出せ」も「くよくよするな」という言葉は、ストレスになる。大人がまず行動で見せる。
子供にもできることをさせる。役割を与える。
おばあちゃんの荷物を持ってあげて・・・もっと小さな子供の面倒を見させる一人前の扱いをして、自分たちの手伝いをさせることで、人に喜ばれるということを感じさせる。
自分も役に立っていると自覚できたら少しずつ変わってくる。
・子供の名前を覚えてあげること自分の子供だけでなく、親をなくした子供も多い。
・みんなで声をかける
見守っている、ひとりじゃないことを伝える
・役割を与えてあげる
自分が人の役に立つこと、人に喜ばれることで、自分自身の存在感を感じることができる思風先生の言葉にも、共感同苦・共感同喜・共感同悲という言葉があります。
一緒に喜び、悲しみ、「だいじょうぶ」という安心感で包みこんで、同じ目線で、一緒にがんばろうという姿勢を見せてあげることも大切ですね。
やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・
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責め合えば地獄、許しあったら天国
芳村思風先生
の一語一会 
vol.691
☆☆☆☆☆☆☆
責め合えば地獄、許しあったら天国☆☆☆☆☆☆☆
感性論哲学では、理性を否定していません。
理性は人間だけが持つ能力です。
理性と感性のバランスではなく、理性と感性の協力関係。
感性から湧いてきたものを、理性を使って、社会や人の役に立つものにしていくことが大切だとしています。
現代社会は、理性偏重で、理性に偏りすぎ、欲求・欲望を抑え、自分を抑え、結果精神的な病気も増えてくるという状況にあります。
理性は、「完全を求める能力」なので、矛盾や不完全を許せない。
理性は、自分と異なる考え方、感じ方、価値観を許しがたいのです。
しかし、人間は「不完全で矛盾に満ちた非合理な存在」。欠点もあれば、短所もある。
裏切ることもある。心ならずもウソをつくことがある。それが人間です。ウソをつきたくて、うそをつく人はいない。失敗したくて失敗する人はいない。人間は不完全で、矛盾だらけの非合理な存在であることが、腹の底に落ちれば、人間は、自分を許すことも、他人を許すこともできるようになります。「責め合えば地獄、許しあえば天国」天国も地獄も自分の心の中にある。自分の心が人生を作り出していくのです。相手を攻めている間は、人間は成長できない。自分と価値観が合う人・自分をわかってくれる人・自分を愛してくれる人・自分と気が合う人としか付き合えないのは、自分しか愛せない人間です。
考え方の違う人を、自分と同じ考え方に説得する必要はない。説得してはいけない。
勝ち負けをつける必要もないのです。気が合わないから付き合わない、で済むのであればそれもいい。
理性は、違いを探す。感性は、同じを探す。
同じところがいっぱい出てくると、違いが気にならなくなる。
「ここが嫌い」「こんなところがイヤ」ではなく、
「いいところもあるけど、こんなところが嫌い」さらに、「嫌いなところがいっぱいあるけど、こんなところがいい」では、全く違ったものになる。考え方の違い・価値観の違いで、人間は対立ばかりしているが、対立する人間から、自分とは違う
物の見方・考え方・価値観・感じ方を学んで、さらに自分を成長させる。そういう人間は、懐の深い人間です。人間は矛盾を内包し、矛盾を生きるしかない存在であることが、本当にわかっている人間が、真に愛のある、寛容で、包容力がある人間なのです。

変わらなくていい
芳村思風先生
の一語一会 
vol.690
☆☆☆☆☆☆
変わらなくていい成長すればいい
☆☆☆☆☆☆
性格や短所・欠点は、なくならない。
ムリに性格を変えなくてもいいし、変わらない。
変わる必要はない。
短所をなくさなくてもいいし、なくならない。
自分にも短所があることを自覚し、短所があまりでてこないように努力をする。
この努力が、相手に対する愛。
変わらなくてもいい、変えなくてもいい。
「変わろう」という気持ちが強いとストレスになる。変わらなくてもいい、成長すればいいのだから。
個性の時代。
個性は、出会いによって作られる。人との出会い。
物との出会い。
出来事との出会い。
本との出会い。
人それぞれ出会いが違う。
考え方や価値観の違いは、それまでの出会いが違うから。
成長するとは、変化すること。
「変わらなければいけない」
という気持ちの裏には、「今の自分が嫌い」「今の自分ではダメ」
「このままではダメ」という気持ちがある。
「~ねばならない」が、知らず知らずに自分を苦しめる。
他人と比べる必要はない。
「そのままでいい」ということは、成長しなくてもいいということではない。
短所があってもいいということ。
成長しなくなるとき、変化しなくなるときは、死ぬときです。
短所のある自分を認めること。
まず今の自分を認めることからすべて始まるのです。完璧な人間なんてありえない。
嫌なところもいっぱいある。
でもいいところもいっぱいある。
人間は、長所半分短所半分なのだから。
長所ばかりの人はいない。
短所はなくならない。
無くす努力はムダ!
少しでも出さないように努力する。長所はとことん伸ばす努力をする。長所をとことん伸ばせば、短所は愛嬌になるのです。人間味になるのです。

自分が思うようには愛してくれない
芳村思風先生
の一語一会 
vol.689
☆☆☆☆☆☆
自分が思うようには愛してくれない☆☆☆☆☆☆
誰も私のことをわかってくれない」「愛してくれない」って、思っていませんか。
でもそれは、「自分が思っているようには・・」ということじゃないかな。
人間の本質は理性ではなく、心です。どんな人間でも自分の心を満たしてくれるものを求めています。
人は、誰もがみんな「認めてもらいたい」「わかってもらいたい」「ほめてもらいたい」「愛されたい」と思っています。
「心が欲しい」のです。
自分の思うのと全く同じようには、他人は愛してくれません。わかってくれません。
誰も「自分が思っているようには」認めてくれないし、わかってくれないし、愛してくれません。
誰もが皆、満たされない、孤独な気持ちを持っているのです。
自分だけが辛いのではありません。よく見られたい、ほめられたいと、いつも人からの評価を気にしていませんか?
他人の評価ではなく自分自身が、まず自分を認めることから、すべては始まります。
自分にも短所はあるのだから、他人にも短所があって当たり前。
そう思えたとき「長所も短所も含めて、相手を受け入れることができる」ものです。
他人を受け入れることができたとき、他人も自分を受け入れてくれるものです。
他人は鏡。
相手がわかってくれないのは、自分が相手のことをわかっていない、
理解していないということもあります。どれだけ相手のことを認め、愛し、肯定し、許すことができるか。短所が、人間らしい心や謙虚さを作ってくれるのです。だから短所は無くす必要はないのです。短所を自覚し、少しでも出ないように努力をするだけでいいのです。人は、自分のことを、自分の心をわかってくれたと思えたとき、素晴らしい人間関係が作られていきます。

喜びと感動を味あわせる
芳村思風先生
の一語一会 
vol.688
☆☆☆☆☆☆
教育とは「やったぁ!」という喜びと感動を味あわせること
☆☆☆☆☆☆
教育とは、今できないことをできるようにすることです。自らの力で「できた!」「わかった!」という喜びと感動を味あわせることがなによりも大切なのです。教えすぎてはいけません。
「教」が、「育」を越えてはいけないのです。
できないことにもぶつかっていく挑戦意欲を育てることが大切なのです。どんな人間でも、原理的に「世界一になれる能力」があります。
誰一人として同じ顔がないということがそれを証明しています。子供は、大人を越えて、時代を進化させるために生まれてくるのです。子供は、大人に反抗しながら、自分の考えに目覚めていきます。知識教育や画一化された教育よりも、反抗しながら欲求の開発をしているのです。
子供の反抗は、成長していることの証。反抗を恐れず、「そんな風に考えるようになったのか」と成長を認めて、受け止めること。自分で考え、苦しみの中で、「できた!」「やったぁ!」という喜びと感動が人間性を進化させるのです。

繰り返し、繰り返し、繰り返し
芳村思風先生
の一語一会 
vol.687
☆☆☆☆☆☆
繰り返し、繰り返し、繰り返し
☆☆☆☆☆☆
繰り返し、繰り返し、繰り返してやってみる。
できるまであきらめない。
繰り返し、繰り返し、繰り返して、「万策尽きた」
「これ以上できることはない」というところまでやる。それでもあきらめず結果が出るまで挑戦する。
本当の失敗とは、自分があきらめた瞬間です。
失敗は、その問題を乗り越える必要な能力とは何かということを教えてくれる。
理性で考えると「これ以上やってもムダ」となる。
万策尽きたと思ったときでも、「なにくそ!」と思えるかどうか。
理屈ではない。
失敗はない、すべて経験になる。
繰り返し、繰り返し、繰り返す。
万作尽きたと思っても、それでも繰り返すとき、眠っていた潜在能力が目を覚ます。
あきらめない限り失敗ではないのです。失敗の連続は、成功への確率を増やしていくことです。

短所は、なくすな!
芳村思風先生
の一語一会 
vol.686
☆☆☆☆☆☆
短所や欠点は、なくさなくてもいい!
☆☆☆☆☆☆☆
短所や欠点は、なくさなくてもいい!「臆病」ということは、「慎重・堅実」でもあるのだから。人間は、不完全です。どんな人間でも長所半分・短所半分なのです。欠点・短所は、なくなりません。長所ばかりの人、短所ばかりの人はいません。
「私は気が弱い」・・・いつもどんな時でもそうですか?自分では、短所と思っていることでも、相手や場所・状況や見方によっては、長所になることだってあるのです。「気が弱い」から「やさしい」「慎重」「控えめで謙虚」となることもあります。光には影、表と裏、善と悪・・・どんなものもバランスです。
短所はなくならないし、なくす努力をしてはいけません。する必要はありません。短所があって当然。短所があるから謙虚になれるのです。
短所があるから人間なのです。短所や欠点がないのは、神さまや仏さま。人間は、神さまや仏さまのように完全や完璧をめざすのではなく、
人間らしい人間になることをめざさなければいけません。長所をとことん伸ばせば、短所は愛嬌になり、人間味にもなるのです。「人間は不完全」ということを自覚すること。
「短所があってはいけない」と思うことは、人間に完全を求めている。短所が無くなれば、人間ではなくなる。神さま仏さまになってしまう。「人間らしさ」は、短所が作る。短所が謙虚な人間らしい心を作るのです。

短所は、活人力になる
芳村思風先生
の一語一会 
vol.685
☆☆☆☆☆☆
短所は、他人の長所を活かし、輝かせる活人力になる☆☆☆☆☆☆☆
たすけてもらうことは、たすけることと同じくらい価値がある。
短所は、他人の長所を活かし、輝かせる活人力になる。短所の自覚が、人間らしい謙虚な心を作ります。
短所をさらけだして「たすけてもらう」ことは、長所を活かして、
「たすけてあげる」ことと同じくらい価値のあることなのです。
それは、人を輝かせる力・活人力なのです。
助けてもらうときは、自分の短所を声に出す、さらけ出すことが必要です。「たすけてあげたい」と思われる人間になること。たすけてあげるときは、だまってたすけてあげること。たすけてあげる力をつけることも大切。誰とつき合うかで長所や短所は変わります。相手が気に入るところが長所であり、気に入らないところが短所。
長所も短所も固定されたものではありません。
短所を活かせば、活人力になる。
短所や欠点は、隠すべきもの、なくさなければいけないものと思っていませんか。
たすけてあげたいと思われるような人間になること。短所があるから、謙虚になれる。しかし、たすけてもらうだけでは、卑屈になってしまう。長所を伸ばし、人のために活かす。ただし、助けてあげるときは、黙って助ける。
恩に着せない。
感性型リーダーの条件のひとつは、スバ抜けた教育力を持っているか、活人力を持っているかです。

やるか、やならいか!
芳村思風先生
の一語一会 
vol.684
☆☆☆☆☆☆
やるか、やならいか!
☆☆☆☆☆☆☆
どちらにしようと迷うということは、どっちを選んでも大きな差はない。大切なことは、行動すること。
「できるか、できないか」ではなく、「やるか、やらないか」。
人間であることは、「感性と理性と肉体」を持っているということ。
動物と人間の違い。動物には理性がない。感性だけで、人の迷惑を考えず、やりたいことをするのは、野獣と同じ。人間には、理性がある。感性から湧いてきた欲求や欲望を、
理性を使って人間らしいものにする。神さまと人間の違い。神さまには肉体がない。
人間には、肉体がある。感性から湧いてきた夢や理想を、理性を使い、どのようにしたら社会の役に立てるか、他人に迷惑をかけずに実現できるかを考え、行動する。大切なことは、行動すること。いくら考えていても、夢や理想は実現しない。
どんなに悩んでも問題は解決しない。「できるか、できないか」と考えているときは、決断できない。
できない理由の方がたくさん出てくるから、不安になる。「どうしてもやりたいことかどうか」を、自分自身に問いかける。「どうしてもやりたい」と思えなければ、他の事を捨てることはできない。他の事を捨てるとは、家族を犠牲にすることではない。家族や他人に迷惑をかけるのであれば、ただのわがままになる。「もっといいことがあるのではないか」という思いを捨てること。
二つの道で、どちらに行くか迷ったときは、ひらめく方をとにかくやってみる。どっちが面白そうか、どっちが楽しそうか直感で決める。
できるか、できないかではない。
やるか、やらないかです。

感性の判断基準
芳村思風先生
の一語一会 
vol.683
☆☆☆☆☆☆
感性の判断基準
☆☆☆☆☆☆☆
「好きかどうか」「楽しいかどうか」の感性の判断基準。
理性で考えると、「正しいか間違いか」「損か得か」「儲かるか儲からないか」「善か悪か」で判断してしまう。
理性的な判断基準ばかりでは、かたよりができる。
理性ではなく、肉体と感性を使うこと。理性的な判断だけで物事を裁いてはいけません。「好きか嫌いか」「いい感じか悪いか感じか」「楽しいかどうか」「快か不快か」
の感性の持つ判断基準・能力を使うことも大切なのです。その上で、創造力を使うこと。心地よくないものも受け入れて、心地よいものに変えていく力が創造力なのです。
頭で理解していてもできないことが多くある。損か得かで動いていることが多い。
儲かるか儲からないかで決めている。利益は大切。利益がなければ続かない。
物やお金を追求していくと限りがない。
「もっと、もっと」になってしまう。自分の好きなことをやりながら生きること。
人生を楽しむこと。そんなことが簡単に出来るなら、誰も悩むことはない。これだというものが見つかっても、「ほんとうにこれでいいのか」と悩み続ける。
何のために生まれてきたのか。お金も大事だけど、それよりも大切なこと。会社のためではなく、自分のために生きること。人の役に立てるために、生きること。感性の判断基準、「好きか嫌いか」「楽しいか楽しくないか」「快か不快か」理性は違いを探す。だから説得したり対立を生み出す。感性は同じを探す。出身地が同じ、学校が同じというだけで親近感が湧く。

いつも目に愛の光を
芳村思風先生
の一語一会 
vol.682
☆☆☆☆☆☆
いつも目に愛の光を
☆☆☆☆☆☆
人を感じさせるのは、言葉ではありません。
一番大切なものは、目つき・表情・態度です。
言葉では、どんないいことを言っても、目つき・表情・態度がその言葉に沿ったものになっていないと、人は感じません。
心が目つき・表情・態度に出るからです。
自分の愛は、決して相手が望んでいるような愛の形になっていないという自覚があると、相手を思う気持ちが目つき・表情・態度に現れ、相手は自分の愛をより深く感じとってくれます。
どんなに愛し合っている夫婦でも、相手は自分が思うようには愛してくれないという愛の限界を知ることが大切なのです。
「これだけ愛しているのに」と思っても、それは相手の望んでいる愛の形と完全に一致することありません。押し付けの愛は、押し付けがましい目つき・表情・態度となり、埋めることのできない溝となるのです。誰もが、もっと愛して欲しい、もっとわかって欲しいという願いを持っています。
誰もが、満たされない心を持って生きているのです。お互いのその心情がわかれば、相手を思う気持ちが目つき・表情・態度ににじみ出てくるのです。「目は口ほどにものを言う」ではなく、口以上に本心を語ってくれます。
態度も表情も口以上に伝えてくれます。全身が語るのです。自分の心は、目つき・表情・態度に出るのです。いつも目に愛の光を。

人の道
中川やす代の一読一笑 vol.69慮(おもんばか)る職場の世代交代をしようと昨年から準備を始め、男性を入れた。稀にみる好青年で眩しく可愛かった、息子が出来た様で嬉しく誇らしかった。本気でこの子を育てようと心血を注いだ…。8月入社、そして3月1日、突然辞表を差し出された。しかも自社と同じ仕事を独立して遣ると言う…。小さな会社だが、仲間も彼の未来創造の為に心を砕き、上司は道を譲る覚悟を決めた。しかし彼はたった1枚の用紙で全てを破壊、仲間や上司の期待と信頼の心を深く傷付けた。日本には慮(おもんばか)る。と言う言葉がある。相手の事、相手の背景、相手の会社、自分の事を深く配慮、心を配る。これが愛であり、愛の行為が人の道である。合理的に考える若者には、合理的しか考えられない、不完全で未熟な心しかない、彼がいつの日にか愛ある人間に成長する事を祈るのみである。

真実の愛とは
芳村思風先生
の一語一会 
vol.681
☆☆☆☆☆☆
真実の愛とは、短所を許し補い、長所と関わる力
☆☆☆☆☆☆
短所を許すことから、人間の愛が始まる。
愛とは、許すこと。違いを許すこと。人間を愛するとは、不完全な存在を愛すること。
どんな人間にも長所が半分あり、短所も必ず半分はあります。
自分にも短所はあるのです。
人間を愛するということは、その人間の長所・短所すべてを愛するということ。
お互い半分ずつ嫌な所を持っている。だからこそ、お互い許しあって、生きていかなければいけないのです。相手のために努力できるということが、「愛している」ということ。相手のために努力し続けることが、「愛がある」ということです。
短所があることを認めて許すこと。しかし、許すだけでは、不十分。自分の長所で黙って補い、助けてあげること。
助けるときは、黙って助けてあげる。短所は、声を出して助けてくれとお願いする。
短所は、他人を輝かせる力になる。お互いの長所を見つける努力をし、ほめあうことで成長していく。
長所を伸ばしあう。愛とは、人間と人間を結びつける力。愛の目的は素晴らしい人間関係をたくさん作っていくことです。

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