トップページサービス内容会社案内個人情報保護方針お問い合せサイトマップやす代ブログ


 
プロフィール

中川やす代

Author:中川やす代
株式会社童代表の中川やす代です。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


統合
芳村思風先生
の一語一会 
vol.680
☆☆☆☆☆☆☆
統合的集約の原理☆☆☆☆☆☆☆
多数決に変わる新しい手法のこと。民主主義では、多数決で物事を決めてきた。数の論理による政党政治では、対立や攻め合いはなくならない。量から質への転換。違う意見、反対意見は、自分の考え・意見の不足するところを教え、補ってくれるためにある。
お互いに説得したり、攻撃したり、排除しようとしない。成長するために違う意見から学びあう。お互いの考えの問題点や不足するところをどう補うか、お互いのいいところをどう活かすかを考え、お互いの考え方・意見を成長させることで近づけていく努力をする。妥協しあうのではない。徹底的に話し合い、実行してみて改善点や問題を洗いだし、成長させていく。
融合とは、溶け合い混ざり合うこと。統合とは、個を残しながらまとめること。個性や長所を残しながらまとめる。次の時代のキーワードのひとつは、「統合」
スポンサーサイト

不登校能力
芳村思風先生
の一語一会 
vol.679
☆☆☆☆☆☆☆
不登校能力
☆☆☆☆☆☆☆
学校に行かない、不登校というのも能力のひとつです。命が学校に行かないと決断した。学校に行かないということを主張できる能力をその子供は持っている。命は、生きようとする。学校に行くことをその命が拒否している。
理性で考えると
「学校には行かなければ行けない」
「学校に行かないことは、悪いこと」頭から「学校にいけ」では、反発するし、学校に行っても命の喜びはない。その子供が、自分の欲求を主張できることを認めてあげる。
その上で、自分自身に問いかけさせる。
1.将来どんな人間になりたいか?
2.将来どんなことをやりたいか?
3.将来どんな生活をしたいか?
そのために今、何をすればいいのか。簡単に答は出ないし、答が変わることもある。
1.やってみて、好きなことはなにか?
2.やってみて、興味関心が持てることはなにか?
3.やってみて、得意と思えることはなにか?
4.やってみて、他人よりうまくできることはなにか?(「天分発見の5つの方法」のうちの4つ)
を一緒に話して考えてみるのもひとつの方法です。
「学校へ行く意味がわからない」と子供が言う。
その時、どう答えるか。学校では、生きる知恵は、教えてくれない。
知識を教えるところ。なぜ知識が必要なのか。
どれだけの知識を持っているかで、人間の自由度が決まる。知識の量が、自由の大きさを広げる。動物や植物は、体験でしか学べない。人間だけが、体験だけでなく、知識として学ぶことができる。知識だけ増えても、それを活かすことはその人の育つ環境や人間関係、気持ちの持ち方で変わる。
知識を知恵に変えるのは、命の底から湧いてくる
欲求や欲望、興味・関心・好奇心。欲求や欲望が湧いてくるのを否定する必要はない。
理性で、欲求や欲望を押さえつけることが続くと自分が見えなくなってくる。
「自分を知る」「自分とつながる」第1歩は、命の底から湧いてくる欲求や欲望を持つこと。欲求や欲望のままに動くのは、野獣。湧いてきた欲求や欲望を、いかに人に迷惑をかけず、人の役に立つものにするかということに理性を使う。広く深く理性を使うためには、知識の量が必要になってくる。
どうすれば自分のやりたいことを、人に迷惑をかけず,やることができるかを考えるために、知識の量が役立つ。人の協力を得るためには、人の気持ちがわからないといけない。学校は、そのための経験・体験の場でもある。
「数学なんて、一生使うことがないのにどうして勉強しなければいけないのか」「因数分解なんて勉強しても、生きていくのに意味がない」
人生では、複雑な問題がたくさんある。数学は直接関係ないけど、難しい問題が出てきたとき,逃げないで乗り越えていく能力を作る。
なんとか解いてみようといろいろな角度からものを考える訓練をする。苦労して「できた!」ときの喜びを味わうことで、意欲も湧いてくる。もうひとつ大切なこと。子供に勉強を教えてはいけない。親の意見を強制しない。子供に勉強を教えてもらうこと。
教えたら、教えたことしかしない。他の方法を考えなくなり、すぐに他に頼ろうとする。子供に教えてもらう。「今日どんなこと習ったの?教えて?」「お母さんは、小学校のときこんな問題がすごく苦ってだったの。どうやって解いたらいいか教えて。」少し大げさでも、感心しながら、聞く。うまく教えられたら、「よくわかったわ。ありがとう。明日もどんなこと習ったか教えてね。」一緒に勉強する。一緒に絵を描く。共通体験・共同体験をたくさんすることも大切です。

人生は、出会いによって作られる
芳村思風先生
の一語一会 
vol.676
☆☆☆☆☆☆☆
人生は、出会いによって作られる
☆☆☆☆☆☆☆
人生は、出会いによって作られる。縁は、自分から求めて作るものではない。人智を超えた「計らい」によって与えられるものである。今、自分の目の前にある問題から逃げずに努力を続けることが、縁を呼び寄せます。・・・・・・・・・
芳村思風先生と行徳哲男先生の出会い。
昭和51年11月。芳村思風先生 34歳の時、「感性論哲学の世界」という本を自費出版した。どこの出版社でも取り扱ってくれない。東京の大きな書店を回り、4~5冊ずつ置いてまわった。
「代金も利益もいらないから、この本を置いてください」「もし売れたら店長のお小遣いにしてください。」2,500円の本だ。いくつかの書店でレジの横に平積みにしてくれたそうだ。その中の1件に、渋谷の大成堂という書店があった。本を並べた翌日。行徳哲男先生が何気なく、その本屋に立ち寄って、「感性論哲学の世界」を手にした。
「考え方ではなく感じ方が人間を決定する」行徳先生は、扉に書かれたこの言葉を見て、衝撃が走ったそうだ。自分がやろうとしていたことの裏づけが、その本に書かれていた。今までやってきたことに間違いはなかった!
そう確信したそうです。その日のうちに、連絡を取り、翌日には、三重県鳥羽市から、東京まで駆けつけた。「その日から私の人生は変わりました」先人の哲学者の研究という象牙の塔の世界から離れ、20代で、「感性論哲学」を考え出した。もちろん受け入れられるはずがなかった。「感性」という言葉すら、今のようには、とらえられていなかった時代。「理性」を磨くことが第一の時代。34歳の時書いた「感性論哲学の世界」は、自分の考えを一人でも聞いて欲しい。
ただそれだけの気持ちで、本屋さんに置いてまわった。行徳先生が、実業の世界へと結び付けてくれた。
感性論哲学を人生に活かす。
感性論哲学を経営に活かす。
多くの経営者の方が、感性論哲学との出会いで「自分の中に1本の芯ができた」「いろいろな問題や悩みはあるけど、少しくらいの事では、動揺しなくなった。」そんなお話をよく聞きます。
「行徳先生がおられなかったら、今の自分はありません」「行徳哲男先生は、わたしにとって100%の存在です」

共感同苦、共感同悲、共感同喜
芳村思風先生
の一語一会 
vol.675
☆☆☆☆☆☆☆
共感同苦、共感同悲、共感同喜
☆☆☆☆☆☆☆
理性は違いを探す。感性は、同じ所を探す。違いを探すから、対立がおこる。同じを探す。共感するのは、感性。人間の本質は、こころ。
理屈じゃない心が欲しい。心が満たされたいと願っている。「心をあげる」とはどういうことか?誰もがみな自分の気持ちをわかって欲しいと願っている。
共感同苦、共感同悲、共感同喜。
「そうか、そんなに辛かったのか。わかってあげなくてごめんね」「そうだよな~。わかるよ」と受け止めること。
気持ちを理解してあげること。
「頑張れ!」ではない。「そうか、そんなに苦しかったのか~」と苦しみを共に感じること。心は、満たされきることはない。なぜなら、人間は不完全だから。お互いに「どうして私の気持ちをわかってもらえないのか?」と思っている。誰もがみな「私のことなんか誰もわかってくれない」と思っている。自分が「愛されたい」と思うようには、愛されることはない。
親は、どんなに努力しても、子どもは「父親も、母親も、オレのことをわかっていない」と感じている。
子どもが思っているようには、子供を理解していない。それは、子どもが求めるものと、父母が思っていることには、必ず差があるから。
男女の関係においても同じ。
男性がどれだけ女性を愛しても、女性は満たされることはない。
女性がどれだけ男性のことを愛しても男性は満たされることはない。
それは、男性が求めるものと、女性が求めるものが違うから。
長年連れ添った夫婦でも、言わなければ伝わらないことも多い。
「それくらいわかってくれよ」でけんかになってしまう。お互いがお互いのことをわかる努力をする。伝える努力をする。
「これだけ愛しているのに・・・」と思った瞬間から、押し付けになる。「これでいいのか・・・」「こうしたら喜んでくれるかな・・・」と悩む心に「愛」がある。共感すること。そして、一緒に苦しみ、一緒に悲しみ、一緒に喜ぶことで、心が通じるのです。

人生は「意志と愛」のドラマ
芳村思風先生
の一語一会 
vol.674
☆☆☆☆☆☆☆☆人生は「意志と愛」のドラマ
☆☆☆☆☆☆☆☆「意志」とは、自己実現の力であり、仕事において成功すること。
「愛」とは、人間と人間をつなぐ力、人間とその他のものすべてを結びつける力。
人間関係の力。
愛の最終目的は、すばらしい人間関係を創造する力を作ること。
人生の目的とは、意志を実現し、愛を実現すること。生きがいは、意志を実現し、仕事において成功したとき湧いてくるものであり、愛を実現し、素晴らしい人間関係を持ったときに湧いてくるものです。どちらが欠けても、人間は真の幸せを感じることはできません。人間は本当に人生において生きがいや喜び、充実感を求めるならば、人間は誰でも心から愛することができるものと、人生を賭けて意志するものを持たなくてはいけません。
命は、意志の実現のために生きて、愛を実現するために生きています。人間の歴史は、愛ゆえに命を惜しまず、志のために命を捧げた人間達によって作られてきたのです。
命には命より大切なものがあるのです。

ジグソーパズルはお好きですか
中川やす代の一読一笑 vol.68人生はゲーム日々の生活はジグソーパズルの様に、カチャカチャと音を立て動き変化し続ける知識と言うパズルのピースをいくら沢山持っていても、完成図である人生の目標が明確になっていないと、ジグソーパズルはいつまで経っても完成しません。自分の脳の引き出しに入れてきた知識がピース、そのピースを全て表向きにし、移動させなければならない、これが知恵である。人生での様々な経験・体験こそ、知識を知恵に変える裏ワザ。貴方の人生のジグソーパズルは何ピースですかピースの数が増えれば増える程、知恵がいるのです。貴方はどんな素敵なジグソーパズルを作っているのですか

最高の出逢いとは
芳村思風先生
の一語一会 
vol.673
☆☆☆☆☆☆☆☆最高の出逢いとは、自分を最も輝かせてくれる人との出逢い。
☆☆☆☆☆☆☆☆人生は、出会いによって作られる。人との出会い。物との出会い。出来事との出会い。
いろいろな出会いにより、道が決まっていく。
学生の頃、ある教科の先生にあこがれて、その教科が好きになり、いつの間にか先生になりたいと思った人。天体望遠鏡を買ってもらったことで、毎日、星を眺めているうちに天文学の道を歩み出した人。事故や病気という出来事との出会いで、医者になった人。
心の底から興味・関心・好奇心が湧いてきて、気がついたらその道を歩んでいた。
最初は興味も関心もなかったけど、縁あってある会社に入社したことにより、一所懸命仕事に取り組んでいくうち、興味・関心が湧いてきて、知らず知らずにその道の専門家になることもある。
縁は、自分から求めて作れるものではありません。
人智を超えた「計らい」によって与えられるものなのです。二代目、三代目と家業を継ぐ立場に生まれたのも、宇宙の計らいです。自分が好きなことができないのではなく、その家業である仕事の意味や価値やすばらしさを見つけ、さらに発展成長させたり、伝統を活かして新しい分野に展開させるところに使命があると考える。今、自分の目の前にある問題から逃げずに努力を続けることが、縁を呼び寄せます。自分のしたいことがわからない時は、今与えられている仕事に全力を尽くすこと。
今、縁のあることを必死にやってみること。縁のある人を大切にすること。今やっていることの意味や価値やすばらしさを感じてみること。
そこから、新しい道が見えてくることがある。
考えているだけでは、答はでません。いくら考えても、問題や悩みは解決しない。とにかくやってみる。
どちらか迷ったら、直感で決めて、やってみる。
やってみたら、また問題が出てくる。問題が出てきたら、必死でやってみる。必死でやっていると、また別の新しい問題が出てくる。人間は不完全だから問題や悩みは、なくなることはない。必死で出てくる問題を乗り越える努力をしていると、新しい出会いもまた生まれてくるものです。

一灯照宇の志
芳村思風先生
の一語一会 
vol.672
☆☆☆☆☆☆
一灯照宇の志
☆☆☆☆☆☆
一灯照隅という言葉がある。
たとえ一本のロウソクでも身の周りを照らせば明るくなる、それを万人が照らせば「万照」、ことごとく世界を照らせば「遍照」。
全ての始まりは常に小さなところから始まります。
ひとつの灯火が片隅を照らす。
その灯火が次の灯火を点け、また次の灯火を点ける。そして多くの灯火が全国を照らし、ひいては地球を照らす。
さらには宇宙を照らすというくらい大きな志を持って行動する。
「自分ひとりくらいがやっても変わらない」ではなく、「自分ひとりだけでもやっていく」心構えが必要なのです。
大きな夢や目標を持ち、行動は小さなことから始める。賢は賢なりに、愚は愚なりに、
一つことを何十年と継続していけば必ずものになる。偉い人になる必要はない。
頭の良い人間が、人格者とは限りません。人格は技術ではありません。社会のどこにあっても、その立場においてなくてはならない人になる。その仕事を通じて世のため人のため貢献する。
そういう生き方を考えなければならない。
芳村思風先生がよく本にサインされる言葉です。

愛とは
芳村思風先生
の一語一会 
vol.671
感性論哲学は、愛の哲学です。
今まで「愛」は、学問として取り上げられてきませんでした。
これからは、「愛」を能力として捉え、愛の実力を成長させる。
といったような学問的な解説より、まず「愛」についての思風先生の言葉から紹介します。
☆☆☆☆☆

☆☆☆☆☆
愛とは感じるもの。愛とは信じること。愛するとは許すこと。相手の短所を許し、長所を見つけてほめて伸ばす。愛とは肯定すること。理屈を超えた肯定の心
愛とは認めること。愛は努力して作るもの、愛とは相手の成長を願う心情。愛とは新しい精神文明の核となるもの。
愛は理屈を超える力。
愛とは人間と人間を結びつける力。愛は人間と他のものを結びつける力。愛はすべてを結びつける原理
愛は人間関係の力。
愛とは他者と共に生きる力。
愛とは他者中心的な心の働き、思いやりである。
愛は理性を使った努力。
愛とは「どうしたらいいのだろう?」と悩む心、考える心。
相手のために努力できるということが「愛」があるということ。
人間を愛するというのは不完全な存在を愛するということ。
自分と同じ考え方の人しか愛せないのは、偽者の愛、自分しか愛せない愛である。
愛とは、命を生む能力、育む能力、満たす能力。
愛するとは、相手から学ぶこと。
包容力は、愛。
愛とは、今一番人類に必要とされている能力。
結婚は恋の墓場であり、愛の始まりである。
恋は自然、愛は芸術
愛するもののために生きる。
男性は、万物の父となり、女性は万物の母となる。
父性愛と母性愛、これが愛の究極の姿です。
古来より「愛」は、文学の中でしか語られてこなかった。
愛を学問の対象とされてこなかった。
愛を能力として捉え、実力として成長させることがこれからの時代の課題です。
感性論哲学は、愛の哲学です。

幸せの3つの条件
芳村思風先生
の一語一会 
vol.670
☆☆☆☆☆☆
幸せよは
☆☆☆☆☆☆
感じるもの。探し求めたり、勝ち取るものではない。幸せとは、自分がしたいことをすること。
自分がしたいことをやりとげ、成功すること。
途中でやめない。結果が出るまでやりとげること。
そこに最高の幸福がある。
頭で考えるのではなく、命の底から湧いてくるものであることが大切。他人と比べない。「したいことがわからない」「したいことがない」のは、頭で考えようとするから。
おもしろそう、ワクワクする、楽しそう…そう感じたらやってみる。
迷ったときは、とにかくやってみる。
感性で感じたものを、理性を使ってどうすれば実現できるかを考え、肉体を使ってやってみる。
幸せの3つの条件。
1.他人に迷惑をかけないこと。
他人に迷惑をかけるようでは、自分がしたいことも邪魔されて、最後までやり遂げることができません。
したいことをするだけでは、野獣と同じです。
迷惑をかけないためには、理性の力を使って、命から湧いてくるものを、いかに他人の役に立つものとしていくことができるかを考えることが必要なのです。
人の役に立ち、社会の役に立つことでなければ、ただのわがままです。2.理想を持つこと。理想や夢は、命から湧いてくるものでなければなりません。頭で考えないこと。
欲求がある限り人間はどこまでも行動していくことができます。命から湧いてくる欲求や欲望こそが理想や夢になるのです。3.不撓不屈の意志を持つこと。
不撓不屈の意志は、欲求や欲望の強さで決まります。意志の強い人間とは、がまん強い人間ではありません。不撓不屈の意志を持った人とは、理性的な人間ではなく、欲望の強い人間です。欲望は、理屈を超えたもの。がまん強さは、理性で作り出した強さ。がまんできない人間はダメな人間、がまんできる人はりっぱな人間という価値観があります。
したいことをがまんする、欲しいものをがまんするというる意志の強さは、なにがなんでもやりとげるという不撓不屈の意志にはなりません。なにがなんでもという不撓不屈の意志は、理屈を超えたところに根拠があるのです。
理屈抜きの根拠とは、命から湧いてくる欲求・欲望・興味・関心・好奇心の強さ。理屈抜きの根拠は、根拠がないから崩れようがありません。人からも崩されることはありません。理屈抜きに沸いてくる感性を大切にして、自分に正直に生きる。
人生を自分のものとして生き、より幸せに生きることが大切なのです。

子供達を育てる前に
中川やす代の一読一笑 vol.67呪文の言葉を覚えませんか【やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ 。話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず。やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば 人は実らず。】出だしの言葉は皆さんよく、ご存知ですよね。子育ても職場も一緒です。

時流独創
芳村思風先生
の一語一会 
vol.669
☆☆☆☆☆☆☆
時流独創
☆☆☆☆☆☆☆
時流独創の経営 6つの問い
1.独創的技術の確立をしているか?2.独創的商品の開発をしているか?3.独創的職業領域の発見をしているか?
4.独創的営業分野の開拓をしているか?
5.独創的改良改革への提言をしているか?
6.独創的経営システムの構築をしているか?
時流独創の精神6つの問い
1.自分の心を本当に納得させるものを理屈ぬきに追い求めているか?
2.固定観念・先入観念から自分を解放しているか?
3.自分の使命は何であるかを知っているか?知ろうとしているか?
4.命から湧きあがる欲求・欲望・興味・関心・好奇心を持っているか?5.現実への異和感を大切にしているか?
6.有機的統合能力を磨いているか?

幸せになるため3つの条件
芳村思風先生
の一語一会 
vol.668
☆☆☆☆☆☆☆
幸せになるため3つの条件
☆☆☆☆☆☆☆
幸せとは、自分がしたいことをすること。
自分がしたいことをやりとげ、成功すること。
途中でやめない。結果が出るまでやりとげること。
そこに最高の幸福がある。
頭で考えるのではなく、命の底から湧いてくるものであることが大切です。
「したいことがわからない」「したいことがない」のは、頭で考えようとするから。
おもしろそう、ワクワクする、楽しそう…そう感じたらやってみる。
迷ったときは、とにかくやってみる。感性で感じたものを、理性を使ってどうすれば実現できるかを考え、肉体を使ってやってみる。
幸せになるためには、3つの条件。
1.他人に迷惑をかけないこと。
2.理想を持つこと。
3.不撓不屈の意志を持つこと。
不撓不屈の意志は、欲求や欲望の強さで決まります。意志の強さは、我慢強いことではありません。
何かを我慢するということには、限界がある。
欲求・欲望を実現するだけでは、野獣。いかに人に迷惑をかけずに実現できるかを理性を使って考える。
どんな問題が出てきても、やり抜く意志が、不撓不屈の意志。
なにがなんでもという不撓不屈の意志は、理屈を超えたところに根拠がある。
理屈抜きの根拠とは、命から沸いてくる欲求・欲望・興味・関心・好奇心の強さ。
理屈抜きの根拠は、根拠がないから崩れようがありません。
人からも崩されることはありません。
理屈抜きに沸いてくる感性を大切にして、自分に正直に生きる。
人生を自分のものとして生き、より幸せに生きることが大切なのです。

夫婦の愛の10か条
芳村思風先生
の一語一会 
vol.667
☆☆☆☆☆☆☆
夫婦の愛の10か条☆☆☆☆☆☆☆
愛とは、他者中心とする考え方。
自分をわからせようとするからおかしくなる。
夫婦関係とは、自分の不完全なところを補いあう関係です。
お互いの不完全で、欠落したところを補いあう関係なのです。
愛とは他者と補いあう関係なのです。自分と違う考え方を受け入れる力が人間の幅を広くする。相手を受け入れる力が出来てくる。社会性とは、他者を受け入れる力である。夫婦関係とは、一番の他人関係なのです。人間を愛するとは、長所も短所も愛することです。夫婦の愛の10か条1.家庭も人間的成長のための道場である家庭は、命の成長の場。命の道場です。
2.どうせするなら心をこめて
3.共通体験、共同体験を積み重ねる努力
4.夫婦と言えども元は他人、夫婦といえども「親しき中にも礼儀あり」を心がける
5.家庭とは、理屈抜きに信じ合い、許し合って生きるのである。
家庭に理屈を持ち込まない。短所を責めるのでは無く、補いあう関係が大切。家庭は許しあう場。ちょっとしたことは、見て見ぬふりをすること。
6.結婚という決断に人生をかける
7.子供の存在を強く意識すること。子はかすがい。
8.セックスは人生の三分の一の重みを持つ重要課題
努力と工夫が大切。単にセックスと考えるのではなく、異性に対しての気遣いとして考えること。
9.理念への問いをお互いに持つ
夫婦とは、いかにあるべきか。夫とは、妻とは、いかにあるべきか。
夫婦は、お互いに尊敬しあえることが大切。
10.人生には、失敗の人生はない
どんな結婚も失敗は無い。どんな体験も宝である。
体験の数だけ人間は成長する。
「愛の実力」の講演の中にでてくるお話です。
人間関係10の原則とあわせて講演をお聞きいただくとよくわかります。

感性型フォロワーシップ10の条件
芳村思風先生
の一語一会 
vol.666
☆☆☆☆☆☆☆
感性型フォロワーシップ10の条件☆☆☆☆☆☆☆
リーダーは、フォロワーの条件をよく知っておくことが大切。
しかしそれを、フォロワーに強要してはいけない。
感性型フォロアーシップ10の条件1.リーダーの夢をわが夢としているか(夢の共有ができているか)
2.リーダーにとっての名参謀に徹しているか
3.フォロワーの気持ちをリーダーに素直に伝え・教え・語っているか
4.リーダーを育て、成長させているか
5.リーダーの短所を補い、責めていないか
6.理屈を超えてリーダーに従い、リーダーを守っているか
7. 仕事を通じて、自己を成長させているか
8. 人の役に立つ、人に必要となる人間となっているか
9. 会社の中での地位や立場・役割を自覚して働いているか
10. 今、自分のしていることの意味や価値を確認しながら働いているか

:感性型リーダーシップの10の条件
芳村思風先生
の一語一会 
vol.665
☆☆☆☆☆☆☆
感性型リーダーシップの10の条件☆☆☆☆☆☆☆
感性型リーダーシップの10の条件とチェックリストです。
1.教育力・活人力・・・
人に教えることのできるずば抜けた能力・人の持っている能力を使う活人力をもっているか?
2.魅力的な個性・人望・・・
人間的魅力・人望・人格があるか?3.勇気ある行動力・・・
勇気ある行動力をもっているか?
4.先見力・・・
歴史観に基づいた先見性をもっているか?
5.夢を語る力・・・
情熱を持って夢を語れるか?
6.哲学を持つ・・・
自分の生き方を支える自分の哲学(マイフィロソフィ)をもっているか?
7.成長意欲・向上心・・・
人間として成長意欲をもっているか?
8.創意工夫・・・創意工夫の精神があるか?出来上がっているものを破壊する勇気があるか?
9.文化力・・・
文化力を身につけているか?
10.人間性の豊かさ・・・
包容力に富んでいるか?人をまとめていく統率力があるか?
詳しくは、「フォロワーの10の条件」と合わせて
ぜひ講演でお聞きください。

子供達を育てる前に
中川やす代の一読一笑 vol.67呪文の言葉を覚えませんか【やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ。 話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず。 やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば 人は実らず。】最初の言葉は皆さんよくご存知ですよね。子育ても職場も同じです。試してみませんか、呪文の言葉。

子供達に身につけさせる能力は
中川やす代の一読一笑 vol.66口説く力と愛する心私には小5・小1・保育園の3人の孫がいます(^^)ここ数日、我が家で寝起きを共にする様になり、色々な発見が有ります。彼等は時間が有ればDSで独り遊びに夢中。そして誰かが歓声を上げるとその子の持っているゲームを覗き、入り込み、我慢できなくなって手を出し、喧嘩になる。何とも悲しい状況でした。ところが、自分がやりたい気持と同じ位に、相手もやりたくて、楽しんでいるときに手を出される相手の気持を自分に置き換えイメージさせただけで、物言いや行動が変わりました。今は随分静かです。『貸して』『有難う』この単純な言葉が口説く力を育てるのです。お母さん、貴女のお子さんは『貸して』と言えますかそして、その時、相手の気持ちを考えて言葉を選び、言い方も変えられる豊かな感性を育てていますか

成功への5つの問い
芳村思風先生
の一語一会 
vol.664
☆☆☆☆☆☆☆
成功への5つの問い
☆☆☆☆☆☆☆
1.信じるに足る自己をつくっているか?
2.自分で自分を教育しているか?
3.限界に挑戦しているか?
4.決断にかけているか?
5.今やっていることの意味と価値の確認を感じているか?

人生の作り方6つの原則
芳村思風先生
の一語一会 
vol.663
☆☆☆☆☆☆☆
人生の作り方6つの原則
☆☆☆☆☆☆☆
やりたいことが見つからないのは、やりたいことがわからないから。
どんなことに、興味・関心・好奇心が湧いてくるか。考えても答は出ない。興味を持ったら、やってみる。動いてみる。
人間には、「感性」と「理性」と「肉体」がある。
「感性」からわいてきた欲求や欲望を、「理性」を使って、どうしたら人に迷惑をかけずにできるか、「肉体」を使ってやってみる。3つを使わなければ使命は見つからない。
使命とは、この命の使い方。
使命の見つけ方6つのチェックリスト
1.問題から逃げていないか?
2.時流に乗っているか?
3.命から湧いてくる欲求・欲望を大切にしているか?4.天分のツボにはまっているか?
5.現実への異和感を大切にしているか?
6.動いているか?考えていても、答は出ない。
動けば、問題も出てくる。問題が使命を与えてくれる人との出会いがある。出来事との出会いがある。
出会いが人生を作るのです。
「この命、何のために使うか」

天分を見つける5つの問い
芳村思風先生
の一語一会 
vol.662
☆☆☆☆☆☆☆
天分を見つける5つの問い
☆☆☆☆☆☆☆
1.やってみて、好きになれるかどうか?
2.やってみて、興味関心が持てるかどうか?
3.やってみて、得手・勝手と思えるかどうか?
4.やってみて、他人よりうまくできるかどうか?
5.真剣にやってみたら、問題意識が持てるかどうか?天分のツボに、はまった人生ほど面白いものはありません。
5つすべて当てはまる必要はありません。
当てはまるのが多いほど、ツボにはまっているということです。

円熟ではなく、角熟をめざす
芳村思風先生
の一語一会 
vol.663
☆☆☆☆☆☆☆☆円熟ではなく、角熟をめざす
☆☆☆☆☆☆☆☆今までは、円熟という欠けたものがないものを理想としてきた。
人間には短所があり、個性があり、失敗しながら、罪を犯しながら成長していきます。まん丸にはならないのです。
角張ったまま成長していくのです。これが「角熟」という生き方です。人間は、不完全だから、どんな人間にも長所が半分、短所が半分あります。短所を気にしてはいけません。短所をなくす必要はありません。
長所が伸びれば短所は人間味、味に変わるのです。
短所が味に変わるまで長所を伸ばすこと。
円熟ではなく、角熟こそ最も個性ある生き方です。
個性のある本物は、角張ったまま熟していくのです。角張ったまま熟していくところに、個性ある本物の人間の姿があります。現実を肯定し、現実を活かしきる感性を原理にして、欠点があり、短所があり、角張ったまま熟していく生き方を人間の理想にしていくこと。個性ある人間の理想は、角熟です。円熟にならなくていい、角張ったところはそのまま残し、長所を伸ばす。円熟をめざすな、角熟をめざせ。

お陰様で
中川やす代の一読一笑 vol.65感謝の心が福を呼ぶ 私は九州の八百屋の娘として誕生した。しかし家業が傾き貧しい暮らしを余儀なくされて、中学生からアルバイト、高校時代は住み込みで働き、奨学金で卒業させて頂いた。今、心から思うのは、私の人生に関わって頂いた沢山の人達に『あなたとの出会いのお陰で、今日の私が有ります。』と感謝の言葉を伝えたいと思います。そしてどんなに辛く、苦しい出来事も、あの事が無かったら、今の私は存在しないと言い切れるのです。そして心から、お陰様でと感謝の気持ちで一杯です。

結婚は、恋の墓場で、愛の始まり
芳村思風先生
の一語一会 
vol.661
☆☆☆☆☆☆☆
結婚は、恋の墓場で、愛の始まり
☆☆☆☆☆☆☆
「愛」とは努力すること。
結婚して、長く一緒にいると「結婚する前と、この人は全然ちがう」
「変わった」「こんなはずじゃなかった」という場面が何度も出てくるようになる。
結婚するまでは、見えなかったこともある。
こんな人だと勝手に考えていたこともある。
そのギャップに気づいただけのこと。相手も変わっているかもしれないが、自分も変わっている。「恋」している時には、アバタがエクボに見える。結婚すると、アバタはアバタとして見えてくる。長く一緒にいると長所が見えなくなって、短所や欠点がクローズアップされてしまう。自分の欠点や短所は見えづらい。自分にも短所欠点があると自覚しなければ、他人の欠点短所が許せない。人間は不完全です。だから「愛」とは許すことからはじまる。恋の病は、結婚すれば完治する。多くの人は結婚して数年、いや数ヶ月ですでに“選ぶ相手を間違えた”と後悔する。生活を共にし始めたらすぐ正気に戻るから。
アバタはもうエクボには見えなくなる。結婚したら孤独でなくなる、淋しさが癒される、幸せになれるなんて、勘違いだと気づく。夫婦関係はまさに人生最大の“行”。これほど人を成長させる人間修行はない。
愛を感情や情熱だと思っているために、夫婦や恋人たちは長く一緒にいると、愛が冷めた、もう愛がないから別れましょうという話になってくる。価値観、性格が合わないという理由で簡単に別れる。独占欲や所有欲、執着や嫉妬は、愛ではない。
人間は不完全だから誰かを愛したら嫉妬も感じる。
嫉妬によって関係性を破壊してしまうような行為に出るのは真実の愛から出たものではない。自分では愛だと思っている自己中心的な感情であり欲望であり執着。相手が自分の欲求や要求を満たしてくれなかったら消えてしまうような愛は、とても幼い、未熟な愛です。恋は、正しい理性が働かなるために修羅場を作るが、愛は正しい理性と一緒になることで育くまれていくものです。
真実の愛には、待つ時間、耐える時間、許す力、信じる力、愛し抜く力、責任といった意志の力や判断力・決断力、忍耐力、努力が不可欠なのです。恋は自然、愛は芸術。愛は文化なのです。

夢多き時代
芳村思風先生
の一語一会 
vol.661
☆☆☆☆☆☆☆
新しい時代
☆☆☆☆☆☆☆
今、まさに一つの時代が終わろうとしている。
二十世紀の理念に生きた巨星が、一人また一人とその輝かしい時代に別れを告げて去って行く。世界の文明は、あらゆる分野において危機に直面しており、
深まり行く混迷の中で人々は不安に包まれている。
終焉とはさみしい言葉である。
喜びは短く、悲しみは長い。
喜びは努力しなければ得られないが、悲しみは努力なしにやって来る。人生とは、その大半が苦から楽への、悲しみから喜びへのプロセスである。人間の価値は、このプロセスそのものにどれ程の生き甲斐を見い出し得るかにかかっている。世界は、今後、苦しい不安定な動乱期を経験しなければならないであろう。
しかし、それは決して悲しむべき時代ではない。
むしろ、動乱期こそ最も素晴らしい時代である。
すべてのものがそこから生まれ、
あらゆる新しいものがへの可能性をはらんだ生き甲斐のある時代。
世界中の若人が待ちに待った、夢多き時代がやってきたのである。

言霊(ことだま)
中川やす代の一読一笑 vol.64人生思い通りに 自由自在に成るものです。と言うと、なんで自分はこんな人生望んではいない、嘘だと反論するあなたよ~く考えてみて下さい、貴方は明るい未来を描く前に、暗く不幸な人生を想像して、その事を文字にしたり、言葉にして、貴方から発信しませんでしたかそうです、今、あなたの目の前に繰り広げられている人生は、良くも悪くもあなたの望んだままに起こった現象です言葉には魂が有ります。あなたが頭の中で描いたプラン通りに実現しているのです。それでも『違う』と言われるあなた、貴方の願いは誰の為の願いですか『僕が』『私が』と『が』が付いていませんかあなたが出会う人全て、貴方の写し鏡、貴方が貴方の意識から排除した人は、他人ではなく、全て貴方自身なのです。自分では上手く排除した積もりでしょが、排除した人の数だけ、自分の身体や心に穴が空き、益々人生が虚しく辛くなります。『出会う人皆我が分身なり』です。分身を喜ばせてこそ、我が身も救われる。そしてその出会いの拡がり
が人間の器(愛)の大きさです。『みんな幸せになって欲しい』と言葉に出してみませんか文字にしてみませんか命はその言葉を一番喜ぶのです。そして何より貴方が幸せになれる一番の近道です。

理論と論理
芳村思風先生
の一語一会 
vol.660
☆☆☆☆☆☆☆
理論と論理
☆☆☆☆☆☆☆
理論と論理はどう違うか?
理論とは「真理はひとつ」という考え方のもとで使われる方法論。
真理はひとつという考え方は、「事実は変化しない」という大前提が根底にある。
事実は変化しないのだから、事実に照らし合わせていけば、どれが正しいかすぐわかります。
理論が限界に達して、真理はひとつという考え方ではどうにもならないという状況になったときでてくるのが「論理」。
真理は、ひとつという科学的な考え方・理論では現実に対応することができない。
人間社会は、性格が違う人・人間性が異なる人・考え方が違う人・立場が違う人・宗教が違う人が
共に生きていかなければならない世界。それが人間の現実であり、社会の要諦。
そこでは真理はひとつという理論の能力は通用しない。理論では必然的に対立が生じる。理論を超えた力が要求される。
それが論理であり、愛である。
愛の論理は、理論を超える力。 
愛は、理屈を越える力です。
理論よりも論理の方が高次元であり、真理よりも真実の方が高次元の理性の使い方である。

信じて、信じて、信じ抜いて生きる
芳村思風先生
の一語一会 
vol.659
☆☆☆☆☆☆☆
信じて、信じて、信じ抜いて生きる☆☆☆☆☆☆☆
人間が人間を信じて、信じて、信じ抜いて生きるためには、理屈ではありません。
理性と感性とを協力させなければなりません。
「信じきる」は無自覚でできますが、「信じ抜く」ためには、理性的な努力が必要なのです。人間は不完全な存在であるがゆえに、心ならずも失敗したり、罪を犯したり、ウソを言ったり、だましたり、裏切ったりする。理性を使って、人間は信じられないものだと認識する。その上で「理性的には信じられないものを、信じて、信じて、信じ抜いていく」という奇跡的な決断ができると、理性では信じられないことが起こってくる。これが人間的な真実の愛の姿。信じて、信じて、信じ抜いて生きることは、理屈を超えた愛です。
「信じる心」を「信じ抜く力」という愛の力に成長させなければいけないのです。
理屈をこえて、信じて、信じて、信じ抜いて生きると奇跡の扉が開いていく。

いつか感謝できる日が
中川やす代の一読一笑 vol.63あんな事があったから、今の私があります。 といつかきっと言える日がきます。半世紀を生きてきて、沢山の経験をし、泣いて、笑って生きてきました。涙が渇れる程泣いた事も、胃に穴があくのではと思う位に胃が痛み、吐き戻す程神経をすり減らした事も、勿論こんな事、死ぬまでに何度も経験する事です。もし、今までそんな経験なんて一度も有りませんでした。と言う人は、残念成長のチャンスを逃した人です。そして今、なんでこんなに私だけ(僕だけ)苦しいのと思っているあなた、おめでとうあなたは選ばれし人です。感哲の思風先生流に言えば『天は俺を大物にしよう、てかてか』と。今こそ天を仰いで、真の愛の実力を鍛え、磨きあげる時。未熟な人間は出会いの中で、愛を学ぶ為に、多くの失敗をし、過ちに気づかされるのです。時にはその過ちが取り返しのつかない結果になったとしても、それもまた、より良く成るための通過点なのです。リストラや離婚、経営者にとっては倒産です。そんな経験なんて誰だってしたくな
いけれど、いつの日にか必ず、あんな事があったから、と感謝出来る日がきます壊してしまったら修復出来ない物も有るのです。さあ、悩んでいる時間などありません。胸を張って次の道に向かって歩き出しましょう

愛とは、相手の為にどれ程の自己犠牲が払えるかである。
中川やす代の一読一笑 vol.62愛すると言うこと それは愛する人の為に最良の事を考え行う事、たとへそれが自分にとって辛く悲しい事であっても、本当に愛しているのならできる筈、しかし最近愛を勘違いしている人が余りにも多い『愛が欲しい』と愛される事ばかりを望み『こんなに愛しているんだから、愛してくれ』とばかりに愛の押し売り、押し付け、更には愛する様にと愛を強要する。分かってない人が多すぎて悲しい、愛とは溢れ出るものであり、静かで優しいもの。先ずは自分の心は自分で満たす。そして溢れ出る愛は人に施す。大人になる、いえ、結婚するまでに、不完全な人間の自覚をし謙虚さを身につけ、自覚を持った不完全な二人で、より完全を求めて、助け合い、学びあい、成長し続ける。これが結婚である。私は仕事も結婚と同じだと思っています、結婚相手(仕事)にどれほどの溢れ出る愛を注げるか不完全な人間が仕事をする事で、学び成長できる。だから職場は道場なのである。『人間はどこまで行っても不完全』この事をきちんと自分に腹に落とし込
んでいる人が、真の愛の実力を身につけた人である。貴方の愛は間違ってはいませんか

トップページサービス内容会社案内個人情報保護方針お問い合せ サイトマップ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。