トップページサービス内容会社案内個人情報保護方針お問い合せサイトマップやす代ブログ


 
プロフィール

中川やす代

Author:中川やす代
株式会社童代表の中川やす代です。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


感謝を込めて…。
中川やす代の一読一笑 vol.47
年の終わりに今年も一年が、あっという間に過ぎていきました。歳のせいですかね~それでも私は一年間必死で生きて来ましただから私は今年の自分には素直に、ご
スポンサーサイト

1年間ありがとうございました
芳村思風先生
の一語一会 
vol.626
1年間ありがとうございました。
このメルマガを冊子にして、11月に発売。おかげさまで2ヶ月で2000部を超えるご注文をいただきました。
今日も素晴らしい一日でありますように!
そして明日から始まる新しい年が皆さまにとってすばらしい1年でありますように!
よかったらお知り合いにもこのメルマガをご紹介ください。
下のアドレスに空メールを送ると登録できます。
●メルマガ登録用アドレス
aM0091267@mobile.mag2.com
『いつも目に愛の光を!』~芳村思風一語一会~
B5版・カバー付 64ページ
1,000円(税込)
哲学に興味がないという方や感性論哲学を知らない方でも
わかりやすく、お読みいただけます。
1冊からでもお送りします。

●芳村思風先生の勉強会

※お問合せは・・・
思風塾全国会
http://shihoo.p-kit.com/


◎芳村思風先生の一語一会
のバックナンバー・配信停止はこちら
⇒ http://bn.mobile.mag2.com/bodyView.do?magId=M0091267

人生の作り方6つの原則
芳村思風先生
の一語一会 
vol.625
☆☆☆☆☆☆☆
人生の作り方6つの原則
☆☆☆☆☆☆☆
やりたいことが見つからないのは、やりたいことがわからないから。
どんなことに、興味・関心・好奇心が湧いてくるか。考えても答は出ない。興味を持ったら、やってみる。動いてみる。
人間には、「感性」と「理性」と「肉体」がある。
「感性」からわいてきた欲求や欲望を、「理性」を使って、どうしたら人に迷惑をかけずにできるか、「肉体」を使ってやってみる。3つを使わなければ使命は見つからない。
使命とは、この命の使い方。
使命の見つけ方6つのチェックリスト
1.問題から逃げていないか?
2.時流に乗っているか?
3.命から湧いてくる欲求・欲望を大切にしているか?4.天分のツボにはまっているか?
5.現実への異和感を大切にしているか?
6.動いているか?考えていても、答は出ない。
動けば、問題も出てくる。
問題が使命を与えてくれる
人との出会いがある。
出来事との出会いがある。
出会いが人生を作るのです。
「この命、何のために使うか」

この命、何のために使うか
芳村思風先生
の一語一会 
vol.624
☆☆☆☆☆☆☆
この命、何のために使うか
☆☆☆☆☆☆☆
使命とは、この命何のために使うか。
使命とは、この命の使いどころ。
使命は、苦難と共にやってくる。
問題・苦しみ・悩み・苦難は、潜在能力を引き出すためにでてくる。
使命がどこにあるかを教えてくれる。追いつめられた状況になっても、それでもなお必死に取り組んだとき、はじめて潜在能力が目をさます。使命とは、理性では考えることができないもの。
理屈を超えたものである。人から教えられるものではない、命の底から湧いてくるもの。「このためになら死んでもいい」
と思えるものを見つけること。
「このためになら死んでもいい」という仕事や「この人のためになら命も惜しくない」という人との出会いが、命を燃えさせる。「このためになら死んでもいい」という想いで、どういう生き方をするか、何をするかということを自ら考えていくところに人間的な生き方の基本がある。理性で考えた夢・目的・目標は、決して人間の命に真の喜びは与えない。理性で作った目的を実現しようとした瞬間から、その目的や結果に囚われてしまう。
自分の使命は、これだと思っても、問題が出てくると「これでいいのか」と不安になることもある。「このためになら・・・」と燃えるものがあれば、どんな問題も乗り越えていける。
燃えてこそ人生。感じてこそ人生。

七転八倒の心構え
芳村思風先生
の一語一会 
vol.623
☆☆☆☆☆☆☆
逃げたらあかん!人生は、七転び八起きではなく、七転八倒の心構えでいこう!
☆☆☆☆☆☆☆☆7回失敗して、8回目は、何とかなるかも・・・
ではなく、8回目もぶっ倒れる覚悟ができているかどうか。何度ぶっ倒れても、あきらめない覚悟ができているかどうか。
あきらめない限り失敗ではない。
あきらめない限り失敗は、経験になる。「のた打ち回って生きていくことに人生の醍醐味がある」と、思えたときもうそれ以上落ちようがない。あとは這い上がっていくしかない。この覚悟ができたとき、眠っていた潜在能力が目覚める。潜在している天分を見つけ、引き出すためには、限界への挑戦をし続けること。
そして自らの命の痛みを伴った体験・経験の積み重ねは、人間性の厚み・深さ・広さを作り、本物の人間を作るのです。
自分が自分であることから逃げてはいけない。
生きることから逃げてはいけない。逃げていいのは、命に危険が迫ったとき。ポイントは、「最高の道を選んだのだ。そこに出てくる問題は、どんな問題でも乗り越えられる」という信念を持つこと。「逃げたらあかん!」が、合言葉です。芳村思風先生は、この言葉を、迷っとき、くじけそうになったとき自分自身に問いかけるのだそうです。

共感同苦、共感同悲、共感同喜
芳村思風先生
の一語一会 
vol.622
☆☆☆☆☆☆☆
共感同苦、共感同悲、共感同喜
☆☆☆☆☆☆☆
理性は違いを探す。感性は、同じ所を探す。違いを探すから、対立がおこる。同じを探す。共感するのは、感性。人間の本質は、こころ。理屈じゃない心が欲しい。心が満たされたいと願っている。「心をあげる」とはどういうことか?誰もがみな自分の気持ちをわかって欲しいと願っている。共感同苦、共感同悲、共感同喜。「そうか、そんなに辛かったのか。わかってあげなくてごめんね」「そうだよな~。わかるよ」と受け止めること。
気持ちを理解してあげること。
「頑張れ!」ではない。「そうか、そんなに苦しかったのか~」と苦しみを共に感じること。心は、満たされきることはない。なぜなら、人間は不完全だから。お互いに「どうして私の気持ちをわかってもらえないのか?」と思っている。誰もがみな「私のことなんか誰もわかってくれない」と思っている。自分が「愛されたい」と思うようには、愛されることはない。
親は、どんなに努力しても、子どもは「父親も、母親も、オレのことをわかっていない」と感じている。
子どもが思っているようには、子供を理解していない。それは、子どもが求めるものと、父母が思っていることには、必ず差があるから。
男女の関係においても同じ。
男性がどれだけ女性を愛しても、女性は満たされることはない。
女性がどれだけ男性のことを愛しても男性は満たされることはない。
それは、男性が求めるものと、女性が求めるものが違うから。
長年連れ添った夫婦でも、言わなければ伝わらないことも多い。
「それくらいわかってくれよ」でけんかになってしまう。お互いがお互いのことをわかる努力をする。伝える努力をする。
「これだけ愛しているのに・・・」と思った瞬間から、押し付けになる。「これでいいのか・・・」「こうしたら喜んでくれるかな・・・」と悩む心に「愛」がある。共感すること。そして、一緒に苦しみ、一緒に悲しみ、一緒に喜ぶことで、心が通じるのです。

21世紀日本の使命(3)
芳村思風先生
の一語一会 
vol.621
今日は、引き続き「21日本の使命」という書籍の「はじめに」の文章です。10年前の文章ですが、今の時代にピッタリの言葉です。
☆☆☆☆☆☆☆
21世紀日本の使命(3)
☆☆☆☆☆☆☆
日本はこれから人類のために大きな使命を担っていかなければならない。世界は今、西洋の時代から東洋の時代へと移行する数千年に一回の激動と混乱の中にある。それと同時に、世界史は理性の時代ある近代の終焉を迎えており、近代から次の新しい時代への輝かしい第3の過渡期に突入しつつある。このような状況の下で、世界文明の中心が、いま日本の真上にきているのである。ということは、日本人が中心となって、これから西洋の時代から東洋の時代への世界史的な移行を実現させ、さらに第3の過渡期にを担って新しい時代を呼び起こす大事業を実現しなければならないということである。
日本人は第2のルネッサンス人となって人類と世界のために貢献することを世界から期待されているのである。この使命を日本人に自覚させ、この使命を日本人に担わせようとして、その使命を担い得る人物を呼び出さんがために、いま日本に政治的経済的教育的大混乱という問題が神仏から与えられ、歴史によって課せられているのである。我々はこの事実を自らも自覚して生きるとともに、この使命を担い得る子供たちを育てる夢に生きねばならない。1999年9月芳村思風

変更します。
中川やす代の一読一笑 vol.46
ごめんなさい45回までは思風塾を読んで、感じた事を書いていたのてすが、中々文章を作る時間が無く、転送すら出来なくなって心配を掛けました。私は元気です。今日からは自分の言葉を発信します。明日から新たな自分との出逢いが始まります(^^)

21世紀日本の使命(2)
芳村思風先生
の一語一会 
vol.621
今日は、引き続き「21日本の使命」という書籍の「はじめに」の文章です。
☆☆☆☆☆☆☆
21世紀日本の使命(2)☆☆☆☆☆☆☆
人間が何事かを成し遂げるために必要なのは不撓不屈の意志である。
どんな困難でも乗り越えて行くというような意志の強さは、理屈抜きのところにその根拠をもっていなければならない。
だから不撓不屈の意志を支えるものは、欲求の強さ、欲望の強さであり、興味や関心や好奇心の強さである。理屈抜きに命から抑え難きものとして湧き上がってくるようなものがなければ、問題を解決するまでの努力を持続することは難しい。
何事かを成し遂げた人間、成功者は例外なく、人並みはずれた強い欲求・欲望・興味・関心・好奇心の持ち主である。
この豊かな感性から湧き上がる熱情が理性の活動を支え、理性能力の発達成長を促すのである。
「こうしたい」という欲求が「こうしよう」という意志になり、意志が社会性を持って多くの人の役に立つ方法で実践される時、意志は「志」に成長する。
そして志がそのためになら死んでもいいと思えるものになったとき、
「使命」と呼ばれるのである。
(明日に続く)

21世紀日本の使命(1)
芳村思風先生
の一語一会 
vol.620
今日は、「21世紀日本の使命」という書籍の「はじめに」の文章です。☆☆☆☆☆☆☆
21世紀日本の使命(1)☆☆☆☆☆☆☆
時代が人を作り、問題が人物を作る。その時代が作り出した問題が、その問題を解決する潜在能力を持った人物を呼び出すのである。
人物はいつの時代にもいる。
問題は感性が感じるものであるから、感性が豊かな熱情のある人間しか大人物にはなれない。しかし、感性だけでは問題は解決されない。
理性は問題を解決するための手段能力であるから、理性を磨かなければ問題は乗り越えられない。
時代が求める大人物には豊かな感性と智恵が必要である。また、問題を解決するためには考え続けなければならないから、そのためには強靱な意志の力が必要となる。意志の弱い人間は、物事を途中で放棄する。
意志の強い人間とは、理性的な人間ではない。
理性によって作為的に作られたような意志の強さには限界がある。
理性的な意志の強さとは、何かしたいことを我慢して、しなければならないことをする力である。
我慢しなければならないものがあるだけ限定された半端な意志である。(明日に続く)

感性論哲学とは(2)
芳村思風先生
の一語一会 
vol.619
☆☆☆☆☆☆☆
感性論哲学とは(2)☆☆☆☆☆☆☆感性論哲学が究極的に求めているものは、感性文明です。感性文明とは、人間らしい人間となること、「悟道」と「和道」を実践することによって人格形成を実現していこうとすることです。
これが未来社会の人間の生き方を規定する感性論哲学の感性文明の姿です。「悟道」とは自己を実現する道を歩むこと。
「和道」とは愛を実現すること。
人間同士が本当に仲良く生きていくにはどうすればよいかを知り、よりすばらしい人間関係を作っていく。それが和道実践です。「悟道」は意志を実現する道であり、「和道」は愛を実現する道です。この2つのものを「求感性」と「感性の3作用」という能力を用いて求め続けていくことによって
本当の人間らしい人間としての人間の格を持った、誇り高くすばらしい人間の生き方ができます。
そして、その「人格」というものを究極において求めて行く。
人類の進歩を人間性において、人間の在り方において実現すること、人間性における進化というものを感性論哲学は目指しています。
人格を目標にして生きるという文化を作り出すことによって人類としての進化を実現しようと考えているのです。

感性論哲学とは(1)
芳村思風先生
の一語一会 
vol.618
来年から芳村思風先生主催で感性論哲学を伝え、実践していただける人物の育成講座を検討しています。
感性論哲学は、実践哲学。学ぶだけでは意味がない。平成の松下村塾をめざし、先生と参加者で作り上げていこうと考えています。少人数でのスタートをします。詳細は、年内に発表予定。
☆☆☆☆☆☆☆
感性論哲学とは(1)☆☆☆☆☆☆☆
感性論哲学は、新しい生命観・人間観を基礎に成り立っています。
私たち人間の目的は、人間らしい人間になることであり、本当の人間らしい人間になるためには、どうすればよいのかを明らかにしています。感性論哲学では、本物の人間を目指す上で、人間の能力の中で感じる力、つまり「感性」という存在が持っている能力・原理というものを人生や人間の生き方において非常に大事なものだと考えています。「感性」が持っている基本原理は、自己保存の欲求・種族保存の欲求から出て来る人間的な生き方の原理、すなわち人間は意志を実現し、愛を実現するということであり、この二つを実現することを通して、人間は初めて本当の意味での幸福が実現できると提唱しています。
「感性」が持っている能力は、実は「求感性」という能力が本質です。これは感受性とは異なるものです。「感性」は、「感性の3作用」と呼ばれる調和作用・合理作用・統一作用という作用を持って存在しています。「感性」は、この能力によって、ある状況の中で何が一番適切な行動であるか、
何が一番適切な言葉か、あるいは優れた判断であるか、それを常に探り求めながら活動しているのです。
「感性」は常に真実なるものを求め感じる力、本物を求め感じる力。
感動を求め感じる力、人間において本当に素晴らしいものを求め、感じる力として働いています。
意志を実現する“自己実現”、愛の実現による“素晴らしい人間関係づくり”そして、そのための行動に際しても「求感性」と3作用の力を働かせながら本当に納得できる、
本当に心を満たす、そういうものを最後の最後まであきらめることなく求めて行きます。そして「これだ」というものをつかむ模索的な活動として感性の求感性と3作用を使います。“コツ”とか“カン”とか呼ばれているものはこの3作用の働きです。そのコツ、カンというものを求感性の働きと一本化せることによって、本当に心を満たす、本当に自分を納得させるものを求め続けていく、そういう生き方をしながら本物の人間の生き方を求めて行くところに感性論哲学の存在意味があります。(明日に続く)

感性論哲学は、実践哲学
芳村思風先生
の一語一会 
vol.617
☆☆☆☆☆☆☆
感性論哲学は、実践哲学です☆☆☆☆☆☆☆
学んでも実際の生活や仕事に活かせなければ、勉強しても意味がありません。現場の経営に活かせなければ意味がない。哲学は、破壊の学問。パンクです。
現状に違和感を感じ、現状を破壊し、新しい物を構築していく。。
少しでもより良いものにしていくためのもの。
哲学は、自分自身の芯を作るもの。セミナーを受講した後どう動くかが大切。受講するだけでは何の意味もない。自社の理念もその役割を果し終えたとき、進化発展させなければならない。固定させなければいけないことはない。
変化しなければ、生きているとは言えません。
生きているとは、変化していること。どんな小さなことでもいい変化させる。朝、会社に行けばカーテンが替わっている。階段にスベラーズが貼ってある。机に花が活けてある。 社員の誕生日・奥さんの誕生日に社長から花束を贈るようにする。
社員のために、社員が働きやすいように会社を変化させ続ける。
社員は、お客さまのために働く。
経営者は、社員のために働くこと。 哲学は、考える学問ではない。
自分の考えの芯をつくるもの。
しっかりした芯ができれば、少々の問題が起こってもくじけないで向かっていける。
学んだことは、実践に活かせなければ意味はない。
感性論哲学は、実践哲学。
現実の中から違和感を感じとり、問題を感じ取る。
出てくる問題を乗り越え続けること。問題がないことを望んではいけない。
問題がないとは、成長がないこと。問題がないことが、幸せではない。しっかりした芯を持っていれば、多少のことでは考えは、ぶれない。
乗り越えていける。セミナーで学んだこともすべてを取り入れる必要はない。感性論哲学も自分にとって必要なところだけを学んで、取り入れればいい。
自分の考えは、変えなくていい。変えてはいけない。他の人の考え方・意見のいいところだけ、自分に必要なところだけを取り入れて、自分の考えを成長させること。大切なことは、実行すること。実践すること。 変化を作り出すこと。現状から1歩でも進むこと。

悪化した人間関係を修復する実力
芳村思風先生
の一語一会 
vol.616
☆☆☆☆☆☆☆
愛の実力2☆☆☆☆☆☆☆悪化した人間関係を修復する実力
1.どんな人間でも好きになる実力を作る努力をする。・相手の長所を見つけ出す
・自分から声をかける
・自分から挨拶をする。たとえ返ってこなくても続ける
・言葉以上に大切な目つき、表情、態度
2.誰からも好かれる実力をつける <理性的魅力>
a.知識の量
b.知恵
c.天分素質
<感性的魅力>
a.愛の力
b.意志の力
c.人間性
<肉体的魅力>
a.外見的魅力
b.目つき・表情・態度
3.対立を乗り越える実力をつける
・考え方、価値観、意見等の違いがあって当然
・説得しようとしない
・相手の考え方、価値観、意見の中から学ぶ
・取り入れるところは取り入れて、共に成長する
・わかってもらえないのは、話し方が悪いと考えわかってもらえるように話す努力をする・「説得の論理」より「納得の論理」 
4.問題解決能力をつくる努力をする・問題とは、苦しめるためではなく、成長させるためにある
・問題はなくならない
・問題のない道はない
・問題を乗り越え続ける努力をする5.真実への勇気を持つ努力をする
・真実への勇気とは、ホンネも建前も何もかもぶっちゃけてしまうことすべてをさらけ出してしまう勇気があるかないか
・真実は、「感動」の中にしかない感動するとは、自分の命の真実、命の本質が共鳴すること
・「感動させる力」は、理屈で考えてもでてこない

愛の実力1
中川やす代の一読一笑 vol.45
【愛の実力1】を学んで人間は弱い、だから愛されたいし、認められたい。そして、こんなに愛しているのに・・・と愛を押し付けるのも弱さゆえだと私は思っています。愛は求めず、見守る優しさと、違った考え方を包み込む豊かな心。価値観の違いを成長のチャンスと受け止める前向きの解釈力が必要である。しかしこのことも、実は幼少の頃の遊びのなかで学んだ様な気がします。

愛の実力1
芳村思風先生の一語一会 vol.615
☆☆☆☆☆☆☆
愛の実力1☆☆☆☆☆☆☆よい人間関係をつくるための実力5つの原則1.人間への深い理解を心がける愛すること、認めること、わかってあげること誰も、自分が願っているようには愛してくれない。誰も、自分が求めているようには認めてくれない。「こんなに愛しているのに・・・」と思うことは、押し付けの愛
子供が求めている愛と父親母親が子供に対して抱いている愛とは少し違いがある。自分が与える愛と相手が求める愛にはずれがある。人と共に生きるためには、語りかけ、話し合い、理解しあえるように努力する必要があるのです。2.謙虚な理性をもつ大切なことは、考えて得るものではなく、感じるもの自分と違った考え方への対応の仕方、心づかい説得するのではなく、納得させること。自分の価値観や主張にこだわり対立するのではなく、相手のいいところを取り入れる「発展的解消の論理」を知ること。
3.人間関係に完全性を求めてはならない短所はなくならない。短所があってこそ人間長所を伸ばす偏見は、なくならない我をなくす」のではなく、我を活かす・物欲も活かす信じ、許し、待ち、育てることが愛。 4.勝つことよりも、力を合わせること勝つことよりも、力を合わせることに喜びを感じる=愛力を合わせて共に成長していく分裂から融合・統合へ弱肉強食から適者生存へ統合とパートナーシップ5.ユーモアのセンスを持つ言葉を魂のあるものとして使えるようになる深い教養を身につける。

考えるな、感じなさい
芳村思風先生の一語一会 vol.614
☆☆☆☆☆☆☆考えるな、感じなさい☆☆☆☆☆☆☆芳村思風先生には、必殺技があります。本に書くサインで、人を泣かせるのです。冊子「いつも目に愛の光を!」のあとがきにも書かせていただいています。
先生との初対面の時、本にサインをお願いしたら私の名前を書いて、ペンが止まり、にらめっこ状態が続きそのあと書かれた言葉を見て涙が止まりませんでした。それから感性論哲学というより、芳村思風先生の存在の魅力に惹かれお手伝いをさせていただくようになりました。
たくさんの人がサインをもらうために並んでいても
ほんとうに行き詰っている人が前に来ると、同じように止まってしまいます。前に立っただけでエネルギーを感じるみたいです。そんなときは、相手の顔を見ながら言葉が浮かんでくるのを待っているそうです。
考えているのではないそうです。
相手を感じているそうです。意識してやっていないから普段は、顔を見たり名前を聞くとその人に会う言葉が出てくるそうですが、相手の方が、悩んで悩んで悩みぬいている状態の時は、それを感じて共感同苦・共感同悲されているようです。さらっとサインした時でも数人の方が涙しているのも見たことがあります。
「人に相談されたとき、いいことを言ってあげようとか、励ましてあげようと考える必要はないんです。
目に愛の光をもって、感じてあげることが大切なのです。」と話されています。

元気ぶれ!
中川やす代の一読一笑 vol.44
【元気ぶれ!】を学んで
そうです私も間違いなく元気ぶっています。会社の中で一番元気ぶっていますだって私は社長ですから(笑)元気の無い社長の元で誰が働いてくれますかPTAにせよ、自治会にせよ、リーダーに元気の無い組織は伸びません。空元気と言われようが、リーダーにはその役回りが有るのだから、逃げる事は許されないし、選んだ道なら尚更です。本物の人間に成るために私は命がけです。だって私の娘は15歳で天に召されたのですから

元気ぶれ!
芳村思風先生
の一語一会 
vol.614
☆☆☆☆☆☆☆
元気ぶれ!
☆☆☆☆☆☆☆
もう何年も前の話ですが、
行徳哲男先生がと話しているときに言われた言葉。
忘れられない言葉です。
「ウソでもいいから元気を演じなさい」
役者になれ。
落ち込んだ時こそ元気なふりして
大きな声であいさつしなさい。
元気を演じなさい。
元気ぶりなさい。悩んでいたら、人が同情してくれるかもしれない
落ち込んで、人に相談したら励ましてくれるかもしれない
でもその時は、まわりにも重い空気をばらまいているんです。
考えても、悩みは解決しないんです。
いい考えが浮かんでも、それだけでは解決しないんです。
動かなきゃいつまでも変わらない
元気を演じていたら、ほんとうに元気になってくる。そのうちその元気が本物になってくるんです。
まぁ、生きてりゃいろいろあら~なだけど、いろいろあるから
人生がおもしろいんです。
なかったら、つまらない。

教育
中川やす代の一読一笑 vol.43
【教育とは】を学んで人材教育と人物教育、この違いは、ずしりと私の胸に響きました。人間らしい心を持った人間に育てる。その為には、先ずは不完全性の自覚。しかし、今これが一番難しい。私の周りにも、自分は出来る、やっている、間違ってはいないと、言われる方が結構多いのです。常に成長意欲を持っている人は、けして今の自分に満足する事なく、より良い方向へと自分自身を導き学び続けておられます。私も学び続けていきたいと思います。

教育
芳村思風先生
の一語一会 
vol.613
☆☆☆☆☆☆☆
教育とは
☆☆☆☆☆☆☆
これからの教育は、人材教育ではなく、人物教育
教育の目的は、人間を人間らしい心を持った人間に育てるということです。
人間は、ものではありません。
自分で自分を教育することで、人間の格を獲得していく。
人間らしい人間をめざすこと。
人間らしい心を持った人間とは、次の3つの条件を満たす人間。
1.不完全性の自覚からにじみ出る謙虚さを持っているか。
2.より以上をめざして生きるという人間としての成長意欲を持っているか。
3.人の役に立つことを喜びとする感性を持っているか。
この3つは、順番も大切。
人間らしい心を作る最も本質的なものは、意味や価値や素晴しさを感じる感性。
より真なるもの、より善なるもの、より美なるものを求めていこうとする欲求が、
その人間から湧いてくるような教育をすること。
人間らしい心と価値を感じる感性を育てると言うことです。
自ら意味を感じ、価値を感じ、素晴しさを感じ、責任を感じたいという欲求を
持てばほっておいても人間は成長します。
興味や関心が湧いてくるように教えること。
もうちょっと知りたい、もうちょっとやってみたいと思わせるのがコツです。
資本主義社会では、人間を会社経営のための資源、材料として捉えられてきました。
そのため教育も人材教育と言われています。
これからの時代は、人材教育ではなく、人物教育でなければなりません。
社員教育は、技術やノウハウだけでなく、
全社員を人物たらしめるための教育をしなければなりません。
社長と同じ考え方や同じ価値観にするための教育では、
個性の時代に対応することはできなくなってきます。<教育の方法>
感性を人間化させるための手段能力として理性を使うことである。
教育の理念は、育てる為に、教えるということである。
教が、育を超えてはならない。
人間らしい心を作る最も本質的なものは、
価値を感じる感性である

問い
中川やす代の一読一笑 vol.42
【問い】を学んで
生きることは問いを持ち続けること。人間にとって真実の愛とは私はこの問いが一番好きです。

問い
芳村思風先生
の一語一会 
vol.612
☆☆☆☆☆
問い
☆☆☆☆☆
人間が本物になっていくためには、誰から教えられたものでもない、誰から問われたのでもない、
「自分の問い」を持つ。その問いに答えるべく、いろいろ努力していく。
そのことによってしか、本当の自分には到達できまない。
・何を問うかによって、出てくる答えは決定される。・「いかに在るべきか、いかに為すべきか、いかに成るべきか」という高度な理念への問いは、理性によって高められ、高度に人間化された人間的感性からしか出てこない問い。・本質への問いが、人格の深さをつくる。
・理念への問いとは、「いかに在るべきか、いかに為すべきか、いかに成るべきか」であり、
「人間にとって真実の愛とは何か」「人間にとって本当の勇気とは何か」という問い。
・感性から湧いてくるもの
【人生における3つの問い】
1.将来どんな人間になりたいか?
2.将来どんなことをやりたいか?
3.将来どんな生活をしたいか?
常に自分自身に問いを発すること。【理念への問い】1.人間として、いかに成るべきか?2.人間として、いかに為すべきか?3.人間として、いかに在るべきか?・大切なことは、問い続けること。答を持つことは大切。
「人間」のところを「父親・母親」や「経営者」「教師」などに置き換えて考える。
答えを持つことは必要である。
答えはひとつではない。固定するものでもない。
常にもっといい答えはないかと模索し続けることが大切なことである。

結婚は、恋の墓場で、愛の始まり
中川やす代の一読一笑 vol.41
【結婚は、恋の墓場で、愛の始まり】を学んで結婚は愛の始まり深い言葉です。ある夫婦の話、旦那が女房に恋い焦がれ結婚。その後旦那は女房が自分以外の男性と席を同じくする飲み会には行かせない、それでも行きたいと言おうものなら『なら、別れる』と言うらしい。女房に嫌われていると思っているのか、異性との飲み会イコール浮気の構造になる経験がおありかはたまた余程自分に自信がないのか。結婚は恋の墓場、結婚して、子供が出来てかまってもらえなくなった男性は嫉妬の矛先を子供や女房の人間関係に向ける。「こんなはずじゃなかった」と女房を独占したがるのでしょうか。男女全く逆の場面もありますが、いずれにせよ相手を自分の思い通りにしたがるのは愛ではありません。思い通りにならないと、愛が冷めた、もう愛がないから別れましょうという話になってくる。なんとも…簡単に別れを口にする。独占欲や所有欲、執着や嫉妬は、愛ではない。自己中心的な感情であり欲望であり執着。相手が自分の欲求や要求を満たしてくれなかったら消えてしまうよ
うな愛は、とても幼い、未熟な愛です。

結婚は、恋の墓場で、愛の始まり
芳村思風先生
の一語一会 
vol.611
☆☆☆☆☆☆☆
結婚は、恋の墓場で、愛の始まり
☆☆☆☆☆☆☆
「愛」とは努力すること。
結婚して、長く一緒にいると「結婚する前と、この人は全然ちがう」
「変わった」「こんなはずじゃなかった」という場面が何度も出てくるようになる。
結婚するまでは、見えなかったこともある。
こんな人だと勝手に考えていたこともある。
そのギャップに気づいただけのこと。
相手も変わっているかもしれないが、自分も変わっている。
「恋」している時には、アバタがエクボに見える。
結婚すると、アバタはアバタとして見えてくる。長く一緒にいると長所が見えなくなって、
短所や欠点がクローズアップされてしまう。
自分の欠点や短所は見えづらい。自分にも短所欠点があると自覚しなければ、
他人の欠点短所が許せない。
人間は不完全です。
だから「愛」とは許すことからはじまる。
恋の病は、結婚すれば完治する。
多くの人は結婚して数年、いや数ヶ月ですでに“選ぶ相手を間違えた”と後悔する。
生活を共にし始めたらすぐ正気に戻るから。
アバタはもうエクボには見えなくなる。
結婚したら孤独でなくなる、淋しさが癒される、幸せになれるなんて、勘違いだと気づく。
夫婦関係はまさに人生最大の“行”。これほど人を成長させる人間修行はない。
愛を感情や情熱だと思っているために、夫婦や恋人たちは長く一緒にいると、
愛が冷めた、もう愛がないから別れましょうという話になってくる。
価値観、性格が合わないという理由で簡単に別れる。独占欲や所有欲、執着や嫉妬は、愛ではない。
人間は不完全だから誰かを愛したら嫉妬も感じる。
嫉妬によって関係性を破壊してしまうような行為に出るのは真実の愛から出たものではない。
自分では愛だと思っている自己中心的な感情であり欲望であり執着。
相手が自分の欲求や要求を満たしてくれなかったら消えてしまうような愛は、
とても幼い、未熟な愛です。
恋は、正しい理性が働かなるために修羅場を作るが、愛は正しい理性と一緒になることで育くまれていくものです。
真実の愛には、待つ時間、耐える時間、許す力、信じる力、愛し抜く力、責任
といった意志の力や判断力・決断力、忍耐力、努力が不可欠なのです。恋は自然、愛は芸術。
愛は文化なのです。

幸せになるため3つの条件
中川やす代の一読一笑 vol.40
【幸せになるため3つの条件】を学んで欲求・欲望・興味・関心・好奇心の強の固まりの私はいくらでも遣りたいことが沸々と湧いてくる、その時いかに周りの人に迷惑を掛けずに、思いを達成できるか、を考える。当たり前の様に思えるこの事が、感哲を学んでいなかったら、ここまで深く配慮出来なかったと思う。

幸せになるため3つの条件
芳村思風先生
の一語一会 
vol.610
☆☆☆☆☆☆☆
幸せになるため3つの条件
☆☆☆☆☆☆☆
幸せとは、自分がしたいことをすること。
自分がしたいことをやりとげ、成功すること。
途中でやめない。結果が出るまでやりとげること。
そこに最高の幸福がある。
頭で考えるのではなく、命の底から湧いてくるものであることが大切です。
「したいことがわからない」「したいことがない」のは、頭で考えようとするから。
おもしろそう、ワクワクする、楽しそう…そう感じたらやってみる。
迷ったときは、とにかくやってみる。
感性で感じたものを、理性を使ってどうすれば実現できるかを考え、肉体を使ってやってみる。
幸せになるためには、3つの条件。
1.他人に迷惑をかけないこと。
2.理想を持つこと。
3.不撓不屈の意志を持つこと。
不撓不屈の意志は、欲求や欲望の強さで決まります。意志の強さは、我慢強いことではありません。
何かを我慢するということには、限界がある。
欲求・欲望を実現するだけでは、野獣。
いかに人に迷惑をかけずに実現できるかを理性を使って考える。
どんな問題が出てきても、やり抜く意志が、不撓不屈の意志。
なにがなんでもという不撓不屈の意志は、理屈を超えたところに根拠がある。
理屈抜きの根拠とは、命から沸いてくる欲求・欲望・興味・関心・好奇心の強さ。
理屈抜きの根拠は、根拠がないから崩れようがありません。
人からも崩されることはありません。
理屈抜きに沸いてくる感性を大切にして、自分に正直に生きる。
人生を自分のものとして生き、より幸せに生きることが大切なのです。

世界一をめざす
中川やす代の一読一笑 vol.39
【世界一をめざす】を学んで
若い頃なら世界一も考えない事も無かったけど、ちょっと遅かったかなあ~。でも私には、夢が山ほどあります。『人の思惑も苦にせず、ただひた向きに、懺悔の一路を歩み、己を捧げて報恩の托鉢を致します。』とは。ダスキン一家の祈りですが、『ナンバーワンではなく、オンリーワン』我が道を行くです。

世界一をめざす
芳村思風先生
の一語一会 
vol.609
☆☆☆☆☆☆☆
世界一をめざす
☆☆☆☆☆☆☆
今やっていることで、どんな小さなことでもいいから世界一を目指す。人からどう言われようとも関係ない。
自分は、この分野で世界一になるのだと決断して、取り組んでいく。
世界一をめざすとは、出てくる問題すべてを乗り越える覚悟を決めるということ。
そこに出てくる問題から逃げていては、世界一をめざせない。
世界一大きな問題、難しい問題を乗り越えたら、世界一になれる。
強い意志とは、自分がしたいことをやっているのだから、どんな問題も乗り越えられるという理屈抜きの、根拠のない自信をもつこと。
がまん強いことではない。
したいことをがまんするのでは、大きな力は出せない。
面白くないことを、面白いものに変えていく、面白いところを見つけていくことが、創造力なのです。
世界一をめざさないと、世界一には、なれません。
世界一になると決断し、行動すると、また違う問題が見えてくる。
それを乗り越え続けていったとき、世界一が見えてくる。
必死になって取り組んでいけば、人との出会いや出来事との出会いが増える。
それがきっかけとなって、また道が開けていくのです。

最高の出逢いとは
中川やす代の一読一笑 vol.38
【最高の出逢いとは、自分を最も輝かせてくれる人との出逢い。】を学んで『出会いは必然』だと今の私は心から思っています。多くの人にであい沢山の経験や体験をしてきました。若い頃は苦手だと感じた人が、今ではみんないとおしく感じます。『出会いを通して自分に出会う』伊勢の中山先生に教わった事が実感をともなって、なるほど納得です。出会う人、みな師なり!です。感謝です

トップページサービス内容会社案内個人情報保護方針お問い合せ サイトマップ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。