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株式会社童代表の中川やす代です。



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「失敗」なんてない、すべて「経験」
芳村思風先生の
一語一会 
vol.928
☆☆☆☆☆☆
「失敗」なんてない、すべて「経験」
☆☆☆☆☆☆☆
人生は、「決断」と「体験」の積み重ね。「失敗」なんてない。すべて「経験」。
決断で大事なのは、選らび取らなかったものすべての可能性を捨て去ること。どちらを選ぶか決めることだけでは不十分。
断ち切ること。捨てる勇気を持つこと。「この道しかない」「この人しかいない」と信じることです。
感性と理性、自分の持つ能力・知識・経験をすべて使って選ぶ道を決める。そして、その「決断に賭ける」。他の道を断ち切ること。決断に失敗はない。最高の道を選んだ、最高の決断をしたと信じる抜くこと。
過去や今を否定しては、未来は語れません。どんな苦しいことも、辛いことも成長していくために必要なことだったのです。体験しなければ、真実は語れません。体験とは、肉体を通して学んだ事実であり、経験とは、体験から学んだ知恵なのです。経験の積み重ねが実力を作るのです。失敗が実力を作るのです。
病気や離婚は、しない方がいい。
もしそうなったとしても、それを体験として、活かすことができる時が必ず来るのです。失敗ではありません、すべて体験です。体験にマイナスはない。体験の数だけ幅ができる。体験の数だけ重みができる。
体験の数だけ厚みができる。
だから人生に失敗の人生はありません。人生は、成長の連続なのです。決めても、断てないことが多い。
「あぁ~やっぱり間違いだったか」と後悔する。
未来も過去も変えられる。過去は変えられないと思っているときは、決めたけど、断ち切れていないとき。人生は解釈力で決まります。
過去の体験は変えることができないが、その体験を経験にすることにより、過去は変わっていくのです。
「あんな事があったから」「こっちの道を選んだから」と思っているときは、過去は、嫌な思い出でしかない。あんな事があったからこそ、今の自分があるのだ。あの時苦しんだからこそと思えたとき、過去は失敗でなく、経験になる。今を懸命に生きることで、過去も未来も変えられる。今日寝て、起きたら、また今日。永遠に明日は来ない。未来は、今日、今の連続。
一日一日を精一杯生きること。
『あんなこともあったね』と
笑って言える日がきっと来る!
「今、ここ」を生きること。
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問題を乗り越え続ける
芳村思風先生の
一語一会 
vol.924
☆☆☆☆☆☆
問題を乗り越え続ける
☆☆☆☆☆☆
人生は、どの道を選ぶかではなく、選んだ道からでてくる問題を乗り越え続けられるかで決まる。
多くの人は、問題がでてくると、「選んだ道が間違っていた」と考えてしまいます。
これは、理性で考えているから。
問題がない道が正しい道ではありません。人間は、不完全です。
問題や悩みのない人生はありません。
不完全な人間が行うのだから、どの道を選んでも、問題は必ず起こってきます。
大切なのは、必ず乗り越えられると信じて、でてきた問題から逃げないこと。
問題がないことを願ってはいけません。
決断からでてくる問題を乗り越える続ける努力をするかどうかできまります。
「決断」とは、道をきめることだけではない。
選ばなかった道への未練を断ち切ること。
「やっぱりあっちの道を選べばよかった」と考えているのでは、決めたけど、断ち切れていない。
問題や壁がやってくるとどうしても「選択を失敗した」と考えてしまう。
苦労して就職した会社でも、しばらくすると「こんなはずじゃなかった」「思っていたのと違う」
「自分のやりたい仕事ではない」「こんな上司では仕事ができない」といろいろな問題や悩みが出てくる。人生は、決断と選択の繰り返し。選んだ道に間違いはない。失敗もない。
経験として捉えられるかどうか。
選んだ会社や仕事や人間関係は、いろいろな「縁」が重なって、自分のところにきたもの。
一度決めたからには、必死になって取り組んでみる。そこから新しい道も生まれてくる。問題がないのは、感じていないだけ。
苦しみ・悩みは、人生を楽しませるためにでてくるのです。
体験と経験の違い体験…肉体を通して学んだ事実
経験…体験から学んだ知恵

短所や欠点は、なくさなくてもいい!
芳村思風先生の
一語一会 
vol.917
☆☆☆☆☆☆
短所や欠点は、なくさなくてもいい!
☆☆☆☆☆☆
短所や欠点は、なくさなくてもいい!
「臆病」ということは、「慎重・堅実」でもあるのだから。
人間は、不完全です。
どんな人間でも長所半分・短所半分なのです。
欠点・短所は、なくなりません。
長所ばかりの人、短所ばかりの人はいません。
「私は気が弱い」・・・
いつもどんな時でもそうですか?
自分では、短所と思っていることでも、相手や場所・状況や見方によっては、
長所になることだってあるのです。「気が弱い」から「やさしい」「慎重」「控えめで謙虚」となることもあります。
光には影、表と裏、善と悪・・・
どんなものもバランスです。
短所はなくならないし、なくす努力をしてはいけません。する必要はありません。
短所があって当然。
短所があるから謙虚になれるのです。
短所があるから人間なのです。
短所や欠点がないのは、神さまや仏さま。
人間は、神さまや仏さまのように完全や完璧をめざすのではなく、
人間らしい人間になることをめざさなければいけません。
長所をとことん伸ばせば、短所は愛嬌になり、人間味にもなるのです。「人間は不完全」ということを自覚すること。
「短所があってはいけない」と思うことは、人間に完全を求めている。短所が無くなれば、人間ではなくなる。
神さま仏さまになってしまう。
「人間らしさ」は、短所が作る。短所が謙虚な人間らしい心を作るのです。

不登校能力
芳村思風先生の
一語一会 
vol.898
少し極端な内容かもしれません。
事務局の福島君の解釈も入っていますし、文章では伝わりづらいこともあるかもしれません。チャンスがあれば、ぜひ一度、思風塾で直接先生に聞いていただければ・・・
☆☆☆☆☆☆☆
不登校能力
☆☆☆☆☆☆☆
学校に行かない、不登校というのも能力のひとつです。
命が学校に行かないと決断した。
学校に行かないということを主張できる能力をその子供は持っている。命は、生きようとする。
その命が、学校に行くことを拒否している。
理性で考えると
「学校には、行かなければ行けない」「学校に行かないことは、悪いこと」頭から「学校にいけ」では、反発するし、
学校に行っても命の喜びはない。
その子供が、自分の欲求を主張できることを認めてあげる。
その上で、自分自身に問いかけさせる。
1.将来どんな人間になりたいか?
2.将来どんなことをやりたいか?
3.将来どんな生活をしたいか?
そのために今、何をすればいいのか。
簡単に答は出ないし、答が変わることもある。
1.やってみて、好きなことはなにか?
2.やってみて、興味関心が持てることはなにか?
3.やってみて、得意と思えることはなにか?
4.やってみて、他人よりうまくできることはなにか?(「天分発見の5つの方法」のうちの4つ)
を一緒に話して考えてみるのもひとつの方法です。
「学校へ行く意味がわからない」と子供が言う。
その時、どう答えるか。
学校では、生きる知恵は、教えてくれない。
知識を教えるところ。
なぜ知識が必要なのか。
どれだけの知識を持っているかで、人間の自由度が決まる。
知識の量が、自由の大きさを広げる。
動物や植物は、体験でしか学べない。
人間だけが、体験だけでなく、知識として学ぶことができる。
知識だけ増えても、それを活かすことはその人の育つ環境や人間関係、気持ちの持ち方で変わる。
知識を知恵に変えるのは、命の底から湧いてくる
欲求や欲望、興味・関心・好奇心。欲求や欲望が湧いてくるのを否定する必要はない。
理性で、欲求や欲望を押さえつけることが続くと自分が見えなくなってくる。
「自分を知る」「自分とつながる」第1歩は、命の底から湧いてくる欲求や欲望を持つこと。
欲求や欲望のままに動くのは、野獣。
湧いてきた欲求や欲望を、いかに人に迷惑をかけず、人の役に立つものにするかということに理性を使う。広く深く理性を使うためには、知識の量が必要になってくる。
どうすれば自分のやりたいことを、人に迷惑をかけず,やることができるかを考えるために、知識の量が役立つ。
人の協力を得るためには、人の気持ちがわからないといけない。
学校は、そのための経験・体験の場でもある。
もうひとつ大切なこと。
子供に勉強を教えてはいけない。
親の意見を強制しない。
子供に勉強を教えてもらうこと。
教えたら、教えたことしかしない。他の方法を考えなくなり、すぐに他に頼ろうとする。子供に教えてもらう。
「今日どんなこと習ったの?教えて?」
「お母さんは、小学校のときこんな問題がすごく苦ってだったの。
どうやって解いたらいいか教えて。」少し大げさでも、感心しながら、聞く。
うまく教えられたら、「よくわかったわ。ありがとう。明日もどんなこと習ったか教えてね。」一緒に勉強する。
一緒に絵を描く。共通体験・共同体験をたくさんすることも大切です。

不完全であることを肯定し、不完全を生き抜く
芳村思風先生の
一語一会 
vol.894
☆☆☆☆☆☆☆
人間を生きるとは、不完全であることを肯定し、不完全を生き抜くこと境涯論とは(2)
☆☆☆☆☆☆☆
感性論哲学は、母なる宇宙の愛の摂理によって命が与えられた人間として、人間であることを大切にし、人間であることに感謝して、人間を生き抜く哲学です。人間を生きるとは、不完全であることを肯定し、不完全を生き抜くことです。
常に不完全でなる存在としての自覚を基礎に、実践を通して、いかなる気づきが生まれ、どこまで成長が達成されるかが、感性論哲学の境涯論なのです。
この不完全を生きるしかない人間が、人間の格を追及し、人間としての成長を遂げていく道筋を7つの段階を持つものとして学問的に体系化したものが感性論哲学の境涯論です。(続く)
「人間の境涯」(致知出版社)より

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